インタールード
- nyazui01
- 2016年10月28日
- 読了時間: 5分

夢を、見ているかのようだった。
生まれて初めて、ステージに立った日。 たくさんのお客さんがいて、大歓声を浴びて。 まだ何者でもなかった私は、この日集まった数万人に、自分の存在、その全てを叩きつけて見せたんだ。
『私は、ここにいる』
無力なんかじゃない。 それを証明したかった。 自分の中の、爆発しそうな何か。 何にぶつけても物足りなかった思春期の激情が、その瞬間全て解放できたような気すらした。
あぁ、私やっとわかったよ。 何かに熱中できるって。 何かに本気になれるって、こういうことだったんだ。 ここでなら、誰にも何にも遠慮はいらない。 ありったけを、全部ぶつけられる。 それをすることで、喜んでくれる人がいる。 そんな場所を、やっと見つけられたんだ。
息を切らしながら舞台袖に戻ってきた私を、"あの人"は優しく出迎えてくれた。 私はきっと、自慢げだった。 激しくて、鮮やかで、煌びやかで。 これまでの人生で最高の私を、あのステージの上で華々しく輝かせてみせたのだから。
「お疲れ様。どうだった? 初めてのライブは」 「……すご、かった。身体中が沸騰して、爆発しそうだよ」 「良かった。アイドル、楽しいと思ってくれたみたいね」 「うん。すごいよ、これ……。でもいいの? 私、物凄い歓声貰っちゃったけど」 「どうして? いいことだと思うけれど」 「一応、勝負でしょ。これ以上の歓声貰える自信があるなら、話は別だけどさ」 「ふふっ、どうかしらね。確かにああいう歓声は、私じゃ巻き起こせないかもしれない」 「だったら――」 「そういえば、凛ちゃんにはまだ一度も聴いてもらってなかったかしらね。私の歌」
そう言うと彼女は、未だ私の巻き起こしてみせた興奮が冷めやらぬステージへと、ゆっくり歩き出していった。 緑と白の衣装に身を包んだ彼女は、どこまでも美しく清らかで。 そして、今まで見てきた誰よりも、誇り高く見えた。
「そこから見ていて。私の、全てを」
*
夢を、見ていたかのようだった。
人生で初めて、心からの敗北を味わった日。 たくさんのお客さんがいて、その全員が彼女の歌に心を震わせていて。 さっきまで『何者か』になれていた私は、たった一時間で『無力な私』へと逆戻りしていたんだ。
『私は、ここにいる』
数時間前まで会場を熱狂の渦に包んでいたはずの私の声は、もはやその残滓さえもこの場に残していなかった。 自分の中で、爆発しそうだった何か。 迸っていた思春期の感情は、いつの間にかその全てが悔しさと惨めさに変わっていた。
あぁ。私、やっとわかったよ。 何かに熱中するって。 何かに本気になるって、こういうことでもあったんだ。 さっきまで私の目の前にいたはずの彼女。 でも今は、あまりにも遠く、遠く、果てしない道の先。 肉眼ではその姿が見えないほどの場所に、あの人は立っていた。
そのくせ遥か遠くからでも、彼女は灼けるような眩しさを放っていて。
息を切らしながら舞台袖に戻ってきた彼女を、私は優しく出迎えられなかった。 彼女は何もかもが、圧倒的だった。 静かで、強くて、儚くて。 それでいて私以上の激情を、あのステージの上で美しく輝かせてみせたのだから。 最後の曲、『こいかぜ』だっけ。 参ったな、あれ。 あんなにすごいのに、これまで何で。 どうして――。
「……どうして、隠してたの?」 「ごめんなさい。中村さんからの指示だったの。『本番まで凛ちゃんの前では、絶対に歌っちゃいけない』って」 「ふざけないでよッ!!」
舞台袖全部に響き渡るかのような大声。 この三ヶ月間磨き上げ続けてきた喉から放たれたそれは、自分でも驚くほどの凄まじい絶叫で。
「知ってたら……。知ってたら、こんなに一生懸命になんてならなかった! もっと早く、最初から諦めてた!! ずるいよ! こんなの知っちゃったら、もう戻れないに決まってるのに!!」 「凛ちゃん……」 「私、もう追うしかないじゃない!! これから先、ずっと、ずっとあなたのこと!!」 「そこまでだ、凛」
もうすっかり聞きなれた、いけ好かない男の声。 振り返ると、いつになく鋭い目で彼はそこに立っていた。 みっともなくボロボロと涙を流しながらも、獲物を見定めた狼が如く、私は彼に食って掛かった。
「アンタ……。ずっと私のこと、おちょくってたってわけ?」 「『そうだ』と言えば、納得するのか? 吠えるために理由の必要な負け犬さんよ」 「中村さん!」
彼女の制止も聞かずに、彼は言葉を続けた。
「いいか、凛。お前の隣に立ってるその子はな、お前なんかよりずっと強いもの背負ってそこに立ってんだ。たかが三ヶ月で勝てると思うのが、ちゃんちゃらおかしいってことなんだよ」 「……ッ! だったら、どうしろって言うの!!」 「追いかければいい」 「簡単に言わないでよっ!! これだけの差、何年かかったって埋まりっこないっ!!」 「馬鹿野郎。それを埋めるためにオレがいるんだよ」 「それって、どういう……」 「一人で勝てないなら、二人で戦えばいい。二人でも勝てないなら三人だ。これからは凛がナンバーワンになるための、仲間を探すんだ。お前の熱量に付き合える、最高の仲間をな」 「なか、ま……?」 「あぁ。今日の喜びと悔しさ、絶対に忘れんじゃねぇぞ。そしてこれから毎日、死に物狂いでレッスンしろ。絶対にオレが、お前を一番にしてやるからよ」
あぁ。そうか、そういうことなんだ。 天国と地獄。その両方を見た今日という日。 ここが私の、本当のスタート地点になるってことなんだ。
「その言葉、嘘じゃないよね」 「もちろんだ。やってやろうぜ、凛。これからお前という存在を、ありとあらゆる人間に思い知らせてやるんだ」
差し出された彼の右手を、力強く握り締める。
「やるよ、私。一番になる、その日までね――」
インタールード 了
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