プロローグ
夢を、見ていた。
微睡みの中、私はたくさんのきらめく星々に囲まれながら、生まれたままの姿で宇宙をふわふわと漂っていた。 どうして自分が、こんなところにいるのかもわからない。 時間という概念がそうであるのと同じように、ただただ私は流されていく。 なぜかこれが、悪い夢という気はしなかった。 周りにある、優しい星の輝きを見つめていると、それだけでとても穏やかな気持ちになれる。 不思議と、この広い宇宙に一人ぼっちという感覚もない。
遠くを見ると、そこには大きな一本の光が見えた。 あれは、なんだろう。 うーん。もう少し近づいてみないと、わからないかな。 あっちへ、行きたい。 強く念じると、私の身体はすーっとその光の方へと運ばれていく。 一度そうできるとわかってしまえば、あとは簡単だった。 足先からきらきらと光の粒を放ちながら、私はその空間を自分の思い描く通りのスピードで、どこまでも飛んでいけた。 まるで私自身が、一筋の流れ星になったかのように。
大きな一本の光に近づいて目を凝らすと、そこは無数の星が合わさって、重なって、流れていく場所なのだとわかった。 対岸が見えないほど大きい、天に流れる星の川。 それを見た瞬間、光の雫たちが身体の隅々までを満たしていき、同時に私の頭の中で何かが弾ける。
そうだ。 私ここでずっと、誰かに会うのを待っていたんだ。 絶対に今日、誰かに会わなきゃいけないんだ。 でも、誰に? 肝心のそれがわからない。 ただ、なんとなく。 あっちに行けば、もしかして……。
この大きな星の川の向こう岸。 理由はわからないけれど、その先に私の求める何かが。 誰かが待ってるような気がしたんだ。 私はもう一度、あっちへ行きたいと強く念じてみる。 ところが、今度はダメだった。 これまでと同じように、前に進んでいる感覚はあるのに。 星の川の真ん中には、透明で大きな壁のようなものがあるみたいで、それ以上向こう岸にはどうしても進めなくなっていた。
途方に暮れる私の前に、突然ぴかぴかと輝く強い光が現れた。 それはおとぎ話に出てくる妖精のように、私の前で忙しなく動き続けている。 捕まえてごらんと言わんばかりのそれに、私は戸惑った。 ……じっとしていても、始まらない。 意を決した私は、素早く光に手を伸ばす。 手の中に光を掴むと、それは一際大きく強い輝きを放った。
眩しい! 思わず目を瞑ってしまってから、しばらくして恐る恐る目を開けてみる。 すごい。 大きな虹の橋が、星の川にかかってる。 こんなの、さっきまでここにはなかったはずなのに。 宙から降りて、虹の橋へ足をつける。 大丈夫。ここから、先へと進めるみたいだ。
私は橋の上を歩き始めた。 近くから改めて星の川を見下ろすと、大小さまざまなダイアモンドをびっしりと敷き詰めているかのような輝きが、目に飛び込んでくる。 星たちはさらさらさらと、砂が零れ落ちるような音を立てながら、緩やかに上流から下流へと流れていく。 いつの間にか、私の歩調も自然とその音に合わさってしまったようだ。 ちょっと前まで、ものすごいスピードで宙を飛んでいたのが嘘のように、今はゆっくりと、何かに合わせて心地良く歩いている自分がいる。
橋の真ん中まで来てみても、さっきまでそこにあったはずの壁の存在は、もうどこにも感じられなかった。 光をこの手に握り締めたとき、一緒に消えてなくなってしまったのか、あるいは急がば回れじゃないけれど、こうして焦ることもなく、穏やかな気持ちで歩いてきたのが良かったのかな。
「……! …………!!」
なんだろう。 どこかで何か、声が聞こえる。
「……ちゃ……凛ちゃん……!」
もしかして、呼んでるの? 私の、名前を? あぁ、そうか。 間違えるはずもない。 あなたが、私の会いたかった人。 私はすぐに駆け出した。 その先にある何かに、誰かに向かって。
呼んでる、私を。 誰かが、どこかで。 息が切れるのも構わず、私はそのまま走り続けた。 会わなきゃ。私、この人に会わなきゃ! そう思った次の瞬間、私は真っ白な光に、全身を包まれていった――。
*
「凛ちゃん! 凛ちゃん!」 「ん、んん……」
私を、呼ぶ声がする。 その声に反応して、ゆっくりと瞼を開けていく。 なだらかな丘の上、どこまでも突き抜けるような青い空と白い雲。 穏やかな日差しを降り注がせてくれる太陽。 時折頬を撫でる優しい風。 寝そべっていた芝生から漂う、みずみずしい草の匂い。 そしてひょこっと私の視界に顔を出したのは、サイドテールが印象的な、優しい表情の女の子。 私を見下ろす、彼女の名前は――。
「響子……」 「ふふっ、一年ぶりだね。凛ちゃん」 「そう、だね。もう、一年にもなるんだね」 「私はあんまり、久しぶりって感じしないけどね。凛ちゃん、いっつもテレビに映ってるんだもん」 「私は……すごく久しぶりに感じたよ。変だよね。私だって、響子のことテレビで見てるはずなのにさ」
そう言うと私たちは、お互いの顔を見合わせてふふっと笑いあう。 どうしてだろう。 去年の夏、たった一ヶ月の間、一緒に活動しただけなのに。 どうしてこんなにも、心地良くお互いをわかりあえているかのような。 そんな、特別な感覚になれるんだろう。
「それにしても凛ちゃん、こんなところで寝ちゃってるだなんて思わなかったよ。最近お仕事忙しくて、疲れちゃってたりしない?」 「そんなことないよ。今日は、久々に響子に会えるからって、ちょっと張り切って早く来すぎてさ。それで、去年ここに来た時のこと思い出して、なんとなく芝生に寝そべって……そのままウトウトしちゃっただけだから」 「そっか。ねぇ! 私も去年みたいに、横で寝そべっていい?」 「うん、いいよ」
私も響子も、二人で制服のまま芝生に横になって空を見上げる。
「あっ! あの雲、ぴにゃこら太に似てない?」 「ぴにゃ……? あぁ、あの不細工なマスコット?」 「えぇー。ぴにゃこら太はあれで結構人気あるんだよ? 隠れぴにゃファンに怒られても、知らないんだから」 「そう、なんだ。じゃあ、少し気をつけようかな」 「そうだよ。凛ちゃん、ただでさえ誤解されやすいんだから、気をつけないと!」
この一年の、色んな事を話そうと思っていたのに、いざ会ってみたらそんなの全部忘れてしまった気さえする。 心地良い夏の風が、さらさらさらと私たちの間を吹き抜けていく。 もしかしたらこの風が――夢に見たあの星の川が、私たちの一年を全部繋いでくれたのかな。
「響子」 「何? 凛ちゃん」 「約束、守れたね。また来年、ここで会おうって」 「そうだね」 「今年の夏も、よろしくね」 「うん! また一緒に、誕生日お祝いしようねっ!」
プロローグ 了