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最終話


 

「ではこれにてっ、町内クイズ大会は終了となりまーすっ! 改めて優勝者に、盛大な拍手をーっ!」 「ウ、ウサウサー!」 「ウサミーン! ありがとーっ!」 「え、えへへ……それではみなさん、この後のハイビスカス*シリアカスのライブも、お楽しみにーっ!」

 美しい夕闇が、街と学校を鮮やかな朱と紫に包む頃。  時刻は十八時半。私たちのライブまで、あと三十分。  ステージのある校庭へと移動しやすいよう、今日の控え室は一階にある1-3教室。  タブレット端末から映し出される、校庭の様子。  菜々さんと橘さん、しっかり場を温めておいてくれたみたいだ。  今日のライブはキングダムのユニット、ロールプレイングガールズが持つニッコリ動画専用チャンネル『ICQ channel』で、全国へと配信されることになっている。  本放映は十九時からだけど、カメラマンさんが既に外の映像を撮影・配信してくれているらしい。

「おつかれさまですっ! 会場、すごい熱気でしたよーっ!」 「お疲れ様、菜々さん。ありすも暑い中、よく頑張ったね」 「……ぷはぁっ!! ぜぇ、ぜぇ……。これも、お仕事ですから……。あ、暑い……」 「ありすちゃん、シャワー浴びてきたらどうですか? 汗だくのままじゃ、身体に悪いですし」 「か、神谷プロデューサー……そうさせてもらっても……?」 「その方が良さそうだね。はい、これスポーツドリンク。これもちゃんと飲んで、それから身体冷やしておいで」 「あ、ありがとうございます……では、失礼します」

 どうやらステージ上でクイズ大会の司会とマスコットキャラを務め終えた二人が、楽屋である教室まで一度戻ってきたらしい。  橘さんはずっと着ていた、ウサミンロボ着ぐるみ……ってやつのせいで、全身汗だくになってしまったようだ。  夕方とはいえ、まだまだ気温高いしね……。  橘さんが教室から出て行ったのを見計らって、中村プロデューサーと皆口さんが、菜々さんに握手を求めた。

「ナナちゃん。さすがの仕事ぶりだったぜ。本当にお疲れ様、だな」 「お疲れ様安部さん。あえてこれで終わりとは言わないわ。いよいよこれからね」 「中村プロデューサー、皆口プロデューサー。ナナに――ウサミン星人に最後のチャンスをくれて、本当にありがとうございましたっ」 「何言ってんだ。姉さんの言う通り、ナナちゃんはこれから先が大仕事なんだからな」 「僕からもお礼を言わせてください。本当に、何て言ったらいいか」 「いいのいいの。まだ若いんだから。私ら先輩の権力に甘えときなさいって」

 一体何の話なのかは、いまいちよく見えてこないけど。  とにかく今は、この後のことに集中しないと。響子もそろそろ衣装を着直して、こっちに戻ってくるはずだ。

「お待たせしましたっ」 「来たわね響子。うん、衣装もばっちり決まってるわ」

 アイドルらしい青の衣装に、頭にワンポイントでついたハイビスカスが眩しい。  響子、本当に逞しくなったな。ここに来たばかりの頃と比べると、本当にアイドルらしくなった。

「いよいよって感じだね」 「うん。菜々さんも、ありがとうございましたっ」 「いえいえそんな。ナナ、大したことはしてませんからっ。凛ちゃん、響子ちゃん。ファイト、ですよっ!」 「わかった、ファイトだね。ありがとう。菜々……さん」 「よ、呼び捨てでいいって言いましたよねぇっ!?」 「うん。でもやっぱり私は、菜々さんって呼ぶから」 「うぐぅっ!!」

 本番前とは思えないほどの和やかなムードが教室内を包む。  こんな雰囲気で本番直前なんて、今まではありえなかったな。  張り詰めて、張り詰めて、張り詰め続けて、ステージの上で一気に熱量の全てを放出するイメージ。それが今までの――ニューカミングレースの渋谷凛のやり方だったけど。

「響子」 「なに?」 「改めて、今日はよろしくね。最後まで目一杯、楽しもう」 「もちろんだよ。頑張ろうね、凛ちゃん」

 ふふっ。楽しもうなんてセリフ、まさか私が言うなんてね。  そんな自分の変化がとても心地良く感じられるのも、今目の前にいる女の子のおかげだ。

「それじゃ、僕たちは別の教室で控えてますので」 「おう。本番もまた、よろしくな!」

 菜々さんと神谷プロデューサーは、お辞儀をしながら教室を後にした。  プロデューサーは私に向き直ると、挑戦的な目つきで私にこう訊ねた。

「凛、状態はどうだ?」 「バッチリ。身体も動くし、精神的にもかなりノってる。いけるよ、今日は」 「飛ばしすぎんなよ。今日はいつもと違うんだからな」 「ふふっ。今更だね。問題ないよ。今日は"楽しむ"んだからさ」 「ほぉ……マジでいい顔するようになったじゃねぇか」

 にやりと笑うプロデューサーは、まるで悪童のようだったけど。  私は知ってる。この人がこの顔をするときのライブは、絶対に大成功で終わるって。

「さて、部署の様子はどうなってっかなー?」

 プロデューサーはタブレットでビデオ通話アプリを立ち上げて、紗南に連絡を取ろうとしているらしい。

「あっちは大丈夫なのかな」 「いつものノリでやりゃあ問題ねぇさ」 「そうだといいけど……。あ、繋がったのかな。これ」 『もしもーし! 凛さーん、プロデューサー! 聞こえてるー?』 「あぁ、問題ないぜ紗南」 「紗南、今日はよろしくね」 『任せてー! バッチリ色んな人に見てもらうように頑張っちゃうからさ!』 「他の二人はどうしてる?」 『晴も千佳も準備万端だって! 今ちょっと席外してるけど、いつも通りやるから大丈夫だよっ!』 「うっし、オーケーだ。そっちはそっちで、頼んだからな!」 『りょーかーい。それじゃ凛さん、お土産よろしくねっ!』 「わかったよ。またね、紗南」

 部署の方も、問題なく回っているようだ。  後は……346のメインイベント、サマーカーニバルとの兼ね合い次第。  今の時間だと、そろそろ大トリ。  つまり、楓さんのライブが始まる頃。

「さーて、敵さんサイドはどうなってる頃かねぇ」 「いやいや、一応同じ会社のイベントでしたよね?」

 響子の鋭いツッコミが入る。

「確かあっちは、MeTubeで配信してたはずだけど……」

 皆口さんは腕を組みながら、独り言のようにそう呟いた。

「私、見たい。楓さんのパフォーマンス」 「本番前よ? 大丈夫なの?」 「大丈夫。むしろ、見ておかないといけないと思うんだ」 「ほんっとーに呆れるわねあなたたち……。プロデューサーがプロデューサーなら、アイドルもアイドルっていうか。響子はどうする? 少し席外しておく?」 「大丈夫です皆口さん。私も見ます」 「プロデューサー、画面に出してもらってもいい?」 「ちょっと待ってな……。よし、これだ。おうおうおう、随分派手に盛り上がってやがるぜ」

 言われるがままに画面を覗き込む。  うわ、これスリーコートレディースだ。しかも……ものすごい盛り上がってる。  ちょうど最後の一曲を歌い終わったところだろうか。  メンバー三人とも、充実感漂う表情でステージから客席に大きく手を振っている。

「キメてくれやがったなぁ、あの野郎」 「この後大トリで高垣さんでしょう? 関くん、やることエグいわねー」

 四人で同時にタブレットを覗き込むと、なんていうかさすがに狭いね。

「あっ、楓さん出てきましたよっ」 「スリーコートの三人に何か話しかけてるみたいね」 「いよいよ本命登場ってとこだな」

 じっと画面の中を見つめ続ける。  楓さん、相変わらずすごいオーラだ。  さっきスリーコートレディースが貰った歓声もすごかったけど、ステージに上がった瞬間、会場の雰囲気をゼロから作り変えてしまったようにすら思える。

『みなさん。今日はご来場いただき、本当にありがとうございます。サマーカーニバルの大トリを務めさせていただきます、高垣楓です。どうか最後まで、楽しんでいってください!』

「本当にすごいな、楓さん。何この人気」 「凛ちゃんのライブ映像も、だいたいこんな感じだけどね……」 「自分のライブはイマイチピンと来ないよ。盛り上げられたかなとか、気にしちゃうし」 「じゃあこの後のライブは、ピンと来るようにちゃんと味わわないとね」 「……それもそうだね。会場のこと、全部ちゃんと見よう」

 いよいよ始まった、楓さんのライブ。  一曲目はポップ調に乗った、とある男女のラブソング。  会場を盛り上げつつも、自分の雰囲気をしっかり乗せた歌を伸び伸びと歌い上げる。  二曲目は、現代社会のことを歌った曲なのかな。  プロデューサー二人は驚いた表情をしているみたいだけれど、私と響子には正直まだよくわからなかった。今の年齢で意味を理解するのは、幾分難しい曲だったのかもしれない。  そして三曲目。これが今日の楓さんの最後の曲。

『短い間でしたが、みなさんと同じ場所で、同じ時間を過ごせて本当に楽しかったです。最後の一曲、聴いてください。「空の下で」』

「これ、新曲だよね?」 「みたいだな。この曲が、今度のアルバムの一曲目に収録される予定らしい」 「そうなんだ……」

 わくわくとした、新しい冒険の始まりを想起させるような曲調だった。  静かに流れる血潮の中に感じる、確かな脈動のような。

『変わらない気持ちよりも 変わってく心を』

『受け止めてゆく強さが もっと自分にあったなら』

 ぎゅっと、右の手の平を握り締める。  やっぱり楓さんはすごい。今度の曲は、私にもわかるよ。  evergreenと同じだ。この曲はきっと、今の私でもある。

『空の下で あなたは川のようだね 激しく恋に 揺れて走って』

『辿り着ける場所に 意味はなくとも 空の下で ただ生きていて 輝いていて』

 織姫と彦星――私たちが背負っている、物語のモチーフ。  それをなぞるかのような楽曲を、今このタイミングで聴けるなんて。  心が燃え上がるのを感じる。否応がなしに、全身が昂ってくる。

『あなたに また巡り合えたとしたなら 恋はそこにあるか知らない けれど』

『空の下で 時はリズムとなって 空の下で 音楽はまた響き始める』

「すごい……」 「凛ちゃん。この曲、もしかして……」 「いや、そんなまさか。evergreenと同じ、偶然私たちがそう思っただけじゃ……」

『ありがとうございました。ここで一つ、みなさんにお知らせがあります』

 画面の中の楓さんは、会場とカメラに向けてにっこり微笑んで――確かに、こう言ったんだ。

『この後すぐ十九時から、「月見町町興しライブ」が始まります。ニューカミングレースの渋谷凛ちゃん、プレイアデスの五十嵐響子ちゃん。今日十六歳の誕

生日を迎えた二人のユニット、ハイビスカス*シリアカスが出演予定です』

「えっ!?」 「うそっ!? これ、私たちのことだよねっ!?」 「くくっ……はっはっは!! こいつぁオレも読めなかった! そういうことかよ、楓ちゃん!」 「あらあらまぁまぁ。これ、関くん……てゆーか若本のオッサンも知ってるの?」

『動画配信は、ニッコリ動画のロールプレイングガールズ公式チャンネル「ICQ channel」からご覧ください。それではみなさん、ごきげんよう!』

 大歓声に包まれて終了するサマーカーニバルライブ。  楓さんがわざわざフェスに出演したの、全てはこの瞬間のためってこと――。  ずっと、見ててくれたんだ。遠くから、私たち二人のことを。

「こ、これっ! あそこにいた人たち、みんな私たちのライブ、ネットを通じて見るってことですよねっ!?」  「そういうことね。再生数、多分すごいわよ。あそこのハコだけで、三万人くらい入ってたはずだから」 「プロデューサー」 「どうした、凛」 「柄にもないかもしれないけどさ。私今、ものすごく燃えてるから」 「ははっ。火に油どころか、火薬をぶちまけちまった感じだな」 「響子。私、今日はもう止まれそうにないよ」 「……ふふっ。凛ちゃんならそう言うと思った」 「とことん、付き合ってもらうからね」 「わかってるよ。私の彦星様」

 間違いない。今日は今まで私がやってきた中で、最高のパフォーマンスを見せることができる。  今なら私、どんなことだってできる気がするから。

「本番五分前でーす! 渋谷さん、五十嵐さん! 屋上前の扉でスタンバイお願いします!!」 「いよいよですよっ。お二人とも、頑張ってくださいねっ!」

 放送室に控えている菜々さんと金元さんの声が、校内放送で教室に響く。  始まるんだ。私たちの、ステージが。私たちの……一年に一度のライブが。

「それじゃ、行ってくるよ」 「私たちの一ヶ月、全てぶつけますからっ」 「おう、行ってこい」 「やりたいようにやればいいわ。あなたたちの青春、見せつけてやりなさいな」 「うん! 行こう、響子!」 「はい、凛ちゃんっ!」

 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

 学校のベルが、町中に鳴り響く。今夜の「月見町町興しライブ」開始の合図だ。  手を繋いで屋上のステージへと飛び出した私たちの目に入ってきたのは、校庭全てを埋め尽くさんばかりの、ファンのみんなの姿。  大歓声に迎えられた私たちは、互いの顔を見合わせて微笑んでから、優しい伴奏に合わせて、この日の一曲目を歌い始めた。

『Happy birthday to you あなたがここに 生まれてきてくれてありがとう』

『そう 世界に一つの "あなた"という奇跡なんだよ』

 穏やかな歓声。何もかもが普段のライブと違う空気。  だけどこの空気は、初めて味わうものじゃない。  この一ヶ月、私がこの町で感じ続けてきた、とても優しいそれそのものなのだから。

『一年三百六十五日 色々あるけど 一瞬たりとも同じ日はやって来ないから』

『四つの季節が変わっていくみたいに 雨の日の次が 晴れとは決まってないから』

『毎日あなたの誕生日 何度だって やり直せる 人はみんな 明日にしかいけないようになってるんだよ』

 この町で紡いだ日々を、一つ一つ丁寧に歌い上げる。  町興しらしくて、いいじゃないか。この町で育てられた、ハイビスカス*シリアカスという、一年に一度だけのユニットのデビューライブ。

『Happy birthday to you 今日も明日も あなたらしく いられますように』

『ずっと見守っているよ いつでもあなたの味方なんだよ』

『偶然同じ時代(とき)に生まれ 偶然出会えたこの奇跡』

『ありがとうって おめでとうって 心の中に花を贈ろう』

 ちらりとお互いの髪につけられた、ハイビスカスの花飾りを見やる。  私が赤で、響子が青。ちょっと普段のイメージとはちぐはぐな私たち。

『Happy birthday to you 一人じゃ誰も 生きてく事なんて出来ないから』

『そう これからもずっと いつでも あなたは一人じゃない』

『Happy birthday to you あなたがここに 生まれてきてくれて ありがとう』

『そう 世界に一つの "あなた"という奇跡なんだよ』

 そんな私たちがこの町で出会えて、無事に今日という日を迎えて、十六歳になれた奇跡。

 最初の曲が終わった瞬間、暖かい拍手と歓声が、下の校庭から届いてきた。

「みんな、待ってて! 今そこまで行くから!」

 マイクを使って、大声でお客さんに呼びかける。

「よし、下に降りよう!」 「うん!」

 私たちは、走り出した。  屋上から校内に繋がる扉を開けて、階段を駆け下り、これまで過ごしてきた教室を横目に、見慣れた廊下を走り抜ける。  手を繋いで、息を弾ませて、昇降口から校庭へと駆けていく。  ファンのみんなの大声援が、私たち二人に浴びせられる。

「すごい、すごいよ凛ちゃん!」 「何言ってるの。これからこの人たちの前で歌って踊るんだよ」 「夢みたい……だけどっ!」 「うん。夢なんかじゃないよ。私たちが掴み取った、夢のような現実なんだ」

 校庭に作られた専用ステージの上に立つ。  みんなの注目を、二人で集めきっているのがわかる。  私と響子は、今この場にいる――いや、日本中の私たちを見てくれている全員に向かって、大きな声で挨拶をした。

「こんばんは! 月海町興しライブへ、ようこそっ!!」 「はじめましてーっ!! 私たち……」 「「ハイビスカス*シリアカスですっ!!」」

 町中に一際大きな歓声が巻き起こる。  みんな、みんな本当に今日という日を楽しみにしてくれてたんだ!  普段私が経験しているステージよりも、人の数はずっと少ない。  だけどだからこそ、集まってくれたみんなの顔が、一人一人よく見える。

「改めて、自己紹介からだね。私、渋谷凛。普段は、ニューカミングレースに所属しています!」 「しぶりーーーんっ!!」 「ありがとう! みんなの声、ちゃんと聞こえてるから!!」

 身体が程よく火照る気温。すぐそばから耳に直接届くファンの声。  そして、隣にいるアイドル五十嵐響子。忍や藍子とは違う、今までにない安心感がそこにあった。

「五十嵐響子ですっ! いつもは、プレイアデスに所属ですっ! でも、今日は……今日は凛ちゃんだけの、織姫さまなんですっ!」 「響子ちゃーーーんっ! 結婚してくれーーーっ!!」 「ごめんなさいっ!! 今日だけは、今日だけはダメなんですっ!!」

 会場がどっと笑いに包まれる。  いける、この空気。いつもみたいに、力でねじ伏せるんじゃない。  今ここにある全て。全てが、私たちの味方なんだ。

「ファンのみんなは知ってくれてるかもしれないけど……」 「私と響子、今日で十六歳になったんだ!」 「おめでとーーーっ!!」

 町中に聞こえるんじゃないかってくらいの、大きな大きなおめでとうだった。  今での人生で、こんなにたくさん、こんなに大きなおめでとうを貰ったことは、一度だってない。

「ありがとう!! 今日は、精一杯頑張るから!」 「私たちの、一年に一度だけのライブ! 目一杯、楽しんでいってくださいねーっ!!」 「それじゃ、二曲目行くよっ! 『ビードロ模様』!」

 ライブは何もかもが順調に進んだ。  日もすっかり暮れて、夜空には満天の星空と天の川が広がっている。  いつの間に仕入れたのかわからない響子の地元ネタはウケにウケたし、私が話す合宿所での失敗談だって、みんなが笑って聞いてくれた。  誰もが憧れる美の女神。偶像の象徴である、ニューカミングレースの渋谷凛とは違う――周子さんの言っていた、「そのまんま」の私を、月海の人たちは優しく受け入れてくれたんだ。  それにしても――六曲目、七曲目、八曲目とパフォーマンスをこなしても、この日は全く疲れることがなかった。  課題だったユニット曲も、普段から組んでいるユニット並みの完成度で披露できている。  何か特別な力が、私たち二人を後押ししてくれているかのようですらあった。  もちろん純粋に、練習の賜物という側面もあるはずだ。  けど一番大事だったのは、この一ヶ月育ててきた、私と響子の絆と信頼だったんだと思う。  何も考えなくても、この状況で相手は何を考えてどう動くのか、どう話すのか。  それら全てを手に取るように理解できるまでに、私たちの関係は強いものになっていたんだ。

「さて……ライブの時間も、残り少なくなってきたね」 「次の曲が、最後の一曲になりますっ。二人の、特に凛ちゃんのファンの人たちにとっては、とっても楽しめる一曲にだと思いますよっ!」 「ちょっと響子。二人のユニット曲なんだからさ」 「そうかなぁ? お客さんたちの中にも、やっぱり楽しみにしてる人たち、いるんじゃないかなぁ? ねぇっ! みんなはどう思う? 凛ちゃんの決め曲、やっぱり楽しみな人ーーーっ!」

 響子が校庭に向けて、大きな声で尋ねると、割れんばかりの大きな歓声が返ってくる。

「参ったな……。今日はニューカミングレースみたいな雰囲気じゃないと思うんだけど」 「どんな凛ちゃんでも、凜ちゃんは凛ちゃんだよっ! どんな曲でも歌い方でも、みんな楽しんでくれるよねっ!?」

 再び大歓声が校庭から湧き上がる。  ははっ……。良い感じに何でもありな空気になってきた。  響子がまさか、ここまでMC上手だなんてね。合間合間でも、放送室の菜々さん金元さんと絶妙な掛け合いを見せてたし。

「もう、しょうがないな。でも、今日の私は普段と一味違うのは、みんなわかってくれたと思う。最後まで精一杯頑張るから、次の曲も応援、よろしくね!!」

 ふふっ。まぁ、まだこの後例のとっておきがあるんだけどね。  それは後のお楽しみとして。今はアンコール前の最後の曲を、やり切って――いや、違う。  楽しみきってみせる。それがこの一ヶ月、私と響子がずっと追い求めてきたものだったのだから。

「みんな、最後までついてきて! 行くよ、『君の知らない物語』」

 小さく、短く、息を吸い込んで――。

『いつも通りのある日のこと 君は突然立ち上がり言った 「今夜星を見に行こう」』

 高らかに歌い上げた、私の声。  それが響き渡った瞬間、会場のボルテージも最高潮に盛り上がる。

『「たまにはいいこと言うんだね」 なんてみんなして言って笑った 明かりのない道を』

『バカみたいにはしゃいで歩いた 抱え込んだ孤独や不安に 押しつぶされないように』

 響子の歌声と共に、十日前の光景と記憶が、脳内にフラッシュバックする。  きっとここにいる人は誰も、私たちだけの物語なんて知るはずもない。  だけど――。

『まっくらな世界から見上げた 夜空は星が降るようで』

 今この瞬間も、あの時と同じ星は――輝いているから!  響子と完璧に同じタイミングで指を突き上げて、天を指差す。  みんな見て! どこよりも綺麗な、この月海の夜空を!

『いつからだろう 君の事を 追いかける私がいた』

 ちらりと互いに目配せを交わす。  大丈夫、ちゃんと伝わってる。お客さんにも、響子にも!

『どうかお願い 驚かないで聞いてよ 私のこの想いを』

 すごい。すごいよ。  いつものライブみたいな、綺麗に揃ったコールがあるわけでもない。  でも会場の熱気全部、ちゃんと伝わってくる!

『「あれがデネブ アルタイル ベガ」 君は指さす夏の大三角 覚えて空を見る』

『やっと見つけた織姫様 だけどどこだろう彦星様 これじゃひとりぼっち』

 踊りながらでも会場全部が、きちんと見渡せる。  あ、奈緒! あの子、あんなところにいたんだ!  ブンブンサイリウム振り回しちゃって……何やってんだか。あれじゃまるで普通のファンみたいだ。  でも――ありがとう。この曲を今ここで歌えてるのは、奈緒のおかげでもあるんだよ。  今度改めて、ちゃんとしたお礼するからね。

『楽しげなひとつ隣の君 私は何も言えなくて』

『本当はずっと君の事を どこかでわかっていた』

 本当に不思議だ。この曲は、ここに来る前からプロデューサーが用意していたはずの曲なのに。  今では全部、自分自身の中の物語に出来てしまっている。

『見つかったって 届きはしない だめだよ 泣かないで そう言い聞かせた』

 あぁ、もしかしたら。  楓さんも、こうして歌を歌っていたのかもしれない。  自分の人生の一部を切り取って、歌に変えて。

『強がる私は臆病で 興味がないようなふりをしてた だけど』

『胸を刺す痛みは増してく ああそうか 好きになるってこういうことなんだね』

 誰かを好きになるっていうこと。  私は不器用だから。  その気持ちを器用に伝えることは、きっとできない。

『どうしたい? 言ってごらん 心の声がする 君の隣がいい 真実は残酷だ』

 でも、歌でなら。歌うことで、私は伝える。

 私の想いを。  私の祈りを。  私の願いを。

『言わなかった 言えなかった 二度と戻れない』

 この曲はきっと、途中までは私と響子の歌なんだ。  この夏の最後に、あり得たかもしれない私たちの結末。

『あの夏の日 きらめく星 今でも思い出せるよ 笑った顔も 怒った顔も大好きでした』

 最後は悲しく別れてしまった、織姫と彦星の物語。  だけど、運命は変わったんだ。月海に残された、双子の巫女の伝承のように。  私たちにはまた――来年があるんだ!

『おかしいよね わかってたのに 君の知らない私だけの秘密』

『夜を越えて 遠い思い出の君が 指をさす 無邪気な声で』

 もう一度空高く、二人で指を突き上げる。  遥か遠くにある織姫星にまで届くよう、高らかに、高らかに。  暖かい、それでいて鳴りやまない拍手。  耳にそれが届いた瞬間、楽しみ切った達成感が私を満たしてくれた。

「ありがとう! みんな最後まで楽しんでくれて、本当にありがとう!!」

 ステージから舞台袖に吐けて、校舎の中へと戻っていく。  背中に大きな声援を浴びる、アイドルとして最高の瞬間。  でも――まだこれで終わりじゃない。  最後の最後、まだやり残したことがひとつだけあるんだから。

「お疲れ様っ、凛ちゃん!」 「ふぅ……お疲れ響子」

 着替えを終えて、控え室である1-3教室に戻ってくると、他のメンバーも一度校庭から引き上げてきていたようで、アイドル全員が私たちを出迎えてくれた。

「凛ーっ! 最後の曲、めっちゃくちゃよかったじゃんかよーっ!」 「ありがとう。奈緒、ものすごいサイリウム振ってたよね」 「見ててくれたのかっ!?」 「うん。みんな見えてるって言ったでしょ」 「うぉおおおおおっ!!」 「あはは……。響子ちゃんもお疲れ様。立派なステージだったよ!」 「ありがとうかな子ちゃん! 自分ではしっかりやれてたかどうか……」 「何言うてるんや! 響子、めっちゃ楽しんでるように見えたで!」 「そうそう。二人とも、すごい楽しそうだったよ」

 笑美も周子さんも、満面の笑みを向けてくれる。

「凛」 「どうかした、忍?」 「ほんと、やっぱり凛はすごいよ」 「え?」 「今日のライブ、今まで見た凛の中で一番すごかった。私には絶対、今日みたいなパフォーマンスはできないよ」

 いっそ清々しいという忍の表情と言葉は、私にとって意外なものだった。  これほど負けず嫌いな子が、まさか今日の私を見て負けを認めるだなんて、思っても見なかったから。

「それだけ今日の凛ちゃん、すごかったってことですよ。私もびっくりしちゃいましたから」 「そう……なのかな」

 藍子と忍の手前言葉には出さなかったけど、今日のライブの充実感は、これまででも一二を争うほどと言ってもいいものだった。

「凛、響子ちゃん。そろそろアンコールの時間だぜ」 「着替え、終わった?」

 プロデューサーと皆口さんも、教室に入ってくる。

「うん。やっぱり最後はこれで行かないとね」 「ずっと着てた服ですからね。愛着もありますし」

 今私たちが着ているのは、ここで過ごしている間ずっと着ていた月海高校の制服だった。  最後の最後に町のみんなに見せたいと思ったのは、この町を愛した私たちの姿だったから。

「泣いても笑っても、次が最後だね」 「出来立てほやほやの曲……なのに歌うのが、すっごく楽しみ!」 「そうだね。最後まで、楽しみ切ろう」 「うん!」 「渋谷さんっ! 五十嵐さんっ!」

 バタバタと足音を立てて教室に入ってきたのは、ワンダーランドのプロジェクトの橘さんだ。  目をキラキラを輝かせて、私たちの元へ駆けよってくる。

「あのっ! さっきのステージ、本当にすごかったですっ!!」 「ちゃんと見ててくれたんだね。ありがとう橘さん」 「あ、えっと……ありすで、いいです」 「いいの?」 「はい!」 「だったら私のことも、下の名前でいいよ。次の曲がラストになるけど、ありすも最後まで楽しんでね」 「……! はい、凛さん!」

 よかった。ここに来た時はちょっと不満そうな様子だったけど、どうやらちゃんと楽しんでもらえたようだ。  後輩のためにも、最後まで気を引き締めていかないとね。

 アンコール! アンコール!

「お、聞こえてきたな」 「まぁ、お決まりと言えばお決まりなんだけどね」 「様式美と王道は大事だぜ?」 「それ、プロデューサーが言うの?」 「まぁ、たまにはいいじゃねぇか」 「これだけ覇道歩んできといて、よく言うわ」 「皆口さん。私、ここに来て本当に良かったです。最後までアイドルとして、凛ちゃんと一緒に楽しんできますねっ」

「うん。最後まで気を抜かずに頑張ってらっしゃいな」

 みんなの優しい後押しを受けて、私と響子は最後のステージへと向かう。  終わりの歌。そして同時に、始まりの歌でもある曲を歌うために。

 校舎からステージまで歩く僅かな時間。  否が応でも意識せざるを得ない、別れの瞬間。  きっと響子も、私と同じことを考えてる。  今更、別れが惜しいわけじゃない。  このユニット――ハイビスカス*シリアカスが終わってしまうことに対する寂しさや切なさを、ただただ噛み締めるように共有しているんだ。

「ねぇ、凛ちゃん」 「何?」 「終わっちゃうね」 「うん」 「改めて、お礼を言わせて? この一ヶ月、私とペアを組んでくれて、本当にありがとう」

 響子は、にっこりと笑っていた。今までの響子なら、泣いてしまっていたかもしれないのに。  数日前まで、私という存在に負い目を感じ続けていたはずなのに。  それが今では、こんなにも強く優しく美しく、私の隣に並んで立っていてくれる。

「こちらこそ、本当にありがとう。新しい世界、響子にたくさん見せてもらったよ」

 もっともっと、一緒にいたい。  だけど一度終わってしまう関係だからこそ。  未来へ向かって繋ぐからこそ、ハイビスカス*シリアカスなんだ。

 どーーーーんっ

 校庭ではライブのフィナーレに向けて、花火が打ちあがっているようだ。  赤と青の花火が次々と打ちあがる。学校の校庭で上げるものだから、そんなに大きなサイズじゃないけど、一夏の終わりを感じさせるには、十分な趣を秘めていた。

「ねぇ響子、指切りしよ。来年に向けて、約束」 「ん? 来年のこと? それなら、もう――」

「ううん。そうなんだけど、そうじゃなくて」

 はにかみながら指を差し出す響子は、前に天文台公園でしたそれとは、ほんの少しだけ違う約束を口にした。

「来年は友達としてだけじゃなくて――アイドルとして、もう一度私と一緒に活動してくれるって。約束、してほしいな」

「響子……ふふっ。いいよ、しよ」

 小指と小指を絡ませ合って、二人でお決まりの言葉を唱える。

「ゆーびきーりげんまーん 嘘ついたら針千本のーますっ」 「ゆびきった!」 「えへへっ」 「ふふふっ」

 今更指切りの願掛けなんかに、本気で頼ってるわけじゃない。  でもいいんだ。指切りはあくまでも、この場で行う儀式みたいなもの。  私たちは私たちの手で、未来を掴み取った。  掴み取った未来の結晶を、この後みんなに披露するのだから。

「……いこっか」 「うん!」

 ぎゅっと手を繋いで、ステージに向かって歩き出す。  私たちが姿を現すと、今日最初にステージに上がったときとは違う、暖かくて優しい拍手が出迎えてくれた。  さぁ。楽しもう。最後の、最後まで。

「んんっ。えー、今日はこんな時間までお付き合いいただきまして……そして暖かいアンコール、本当にありがとうございましたっ! 次の曲が、正真正銘私たちのラストソングですっ!」

「この曲は一昨日の夜から、私たち二人が徹夜で作詞した曲なんだ」

 会場から小さくはないどよめきが沸き起こる。

「この一ヶ月の私たちの全てを、一曲にぎゅっと詰め込みました!」 「月海へのありがとうも込めて、精一杯歌うから!」 「それじゃ、最後の曲ですっ! 聴いてください!」

「「ループ!!」」

 ループ。昨日の朝決まったばかりの、私たちのオリジナルソング。  月海の夜と朝――そしてこの地に咲くハイビスカスをイメージした、一年に一度だけの曲。  誰のためでもない、私たちのためだけの歌。

『ねえ この街が夕闇に染まるときは 世界のどこかで朝日がさす』

『君の手の中 その花が枯れるときは 小さな種を落とすだろう』

 最初は私たち二人だけで始まった、小さな小さな共同生活。  それを少しずつ少しずつ、花に水を撒くように、二人で二人を育て上げてきた。

『踏み固められた土を 道だと呼ぶのならば 目を閉じることでも 愛かなあ?』

 誰も歩いたことのない場所を歩き続けたこの一ヶ月。  お互いに向き合って、目を合わせることで生まれた信頼関係。  その全てを、今ここに――。

『この星が平らなら 二人出逢えてなかった』

『お互いを遠ざけるように 走っていた』

『スピードを緩めずに 今はどんなに離れても』

『巡る奇跡の途中に また向かい合うのだろう』

 来年。奇跡はずっと、巡り続ける。  二人でぎゅっと、手を繋ぐ。残り少ない時間を、名残惜しむかのように。

『ねえ この街の夕闇が去り行く時に この涙連れてって』

 流した涙も、少なくなかった。  ここに立つまでにも、様々な葛藤があって。

『語りかけてくる文字を小説と呼ぶのなら』

『届かない言葉は夢かなあ?』

 その全てを背負って。その全てに向き合って。  今、私たちはここにいる。

『澱みなく流れてく 河に浮かべた木の葉で』

『海を目指して雲になって 雨で降ろう』

『遠い君の近くで 落ちた種を育てよう』

『違う場所で君が気づいてくれるといいんだけど』

 寂しくないと言ったら、嘘になってしまうかもね。  でも、こんなに前向きな別れができるなら。

『この星が絶え間なく 回り続けているから』

『小さく開けた窓の外 景色を変え』

『私の愛した花 そっと芽生える季節で』

 来年もまた、絶対一緒に。  私の大好きな、織姫様と、この町で。

『巡る奇跡のその果て また向かい合うのだろう 向かい合うのだろう』

 きらきら光る、赤と青のサイリウム。  月の光が降り注ぐ、このステージで。  私たちは、くるくる回る。

 くるるまわる、くるくると。

 くるくる、きみのまわりを――。

 

『世界は夜を超えていく 』

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