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第十三話

 

 暑いです!
 苦しいです!
 もう無理です!

 

「ひぃ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 

 七月も残すところ、あと三日。
 食甚祭が終わりみんなが帰った後、レッスンはいよいよ佳境へと突入しました。
 夏の暑さも最高潮に達し、もはや『熱い』って漢字で表現したくなるほど。特に今日の熱さは、日本人の限界を越えてるんじゃないかなーって。
 にもかかわらず、休憩を一切挟まない一時間耐久ダンスレッスン。
 しかも場所は、空調ゼロの体育館。
 ……さすがに無理があるのでは?

 

「ふぅ……はぁ……ふぅ……」

 

 うう、呼吸がままならない。
 まずい、本当に死にそう。走馬灯が見えちゃう……。

 

「だ、ダメ、ぜぇ、ま、まだ私には、ふぇ、やり残した事が……」

 

 女の子にあるまじき大の字で倒れ込む私。
 みっともないけど、どうしようもない!

 

「ふぅ、響子、大丈夫?」

 

 凛ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできます。
 さすがに凛ちゃんにも疲労が見られるようで、ちょっと安心しました。これで涼しい顔でもされていたら、またもや立ち直れなくなってしまいます。
 ……でも、今は人の事より自分の心配をしたいところ。

 

「ぜ、全然……だ……だいじょばない……です」
「しっかり。何かまだ、やり残してる事あるんでしょ?」
「あ……ありすぎて……はぁはぁ……よく……ふぅ……わからない……はぁ……」
「そっか、まぁ、やりたいことがあるのは良い事だよね」

 

 そんな疲労困憊の私たちに、皆口さんはパチパチと拍手を送りながら近づいてきました。

 

「ひょくやったふぁね、ひゅたりとも。とくにひょうこ。へらいっ」

 

 ……棒アイスを口に咥えたまま喋るのやめましょうよ。
 あ、ほら、凛ちゃんの表情が。
 うわぁ、これ中村プロデューサーを相手にしている時と一緒の顔だ。どうしようかな……うん、これは見なかった事にしておきましょう。
 それに内心では冷静っぽく思考してる私ですけど、実際は息も切れ切れで倒れ込んでるだけ。ツッコミなんて入れている余裕なんてありません。そんなわけで――

 

「はぁ……はぁ……どうも……ありがとう……ございます」

 

 恐らく褒め言葉をかけてくれたであろう皆口さんに、かろうじて返事をします。それを聞いた皆口さんは満足気に頷くと、残ったアイスをペロリと平らげました。

 

「さて、これで体力的な問題はほぼクリアできたかしらね。短期間での集中的なレッスンだったわりに、響子も随分省エネで踊れるようになったみたいだし」

 

 そうそう、今の私に大切だったのは『力を入れずに踊る』ということ。
 これはこの二週間で、じっくり凛ちゃんに教えてもらったことです。自然体で踊れるようになったのは本当に大収穫でした。
 一時間連続で踊り続けるなんて、月海に来る前の私では到底無理だったでしょうから。

 

「渋谷さんもお疲れさま」
「うん、今のはいい練習になったよ」

 

 凛ちゃんはペットボトルの飲料水を飲みながらそう答えます。

 

「まぁ、合わせでこんだけで踊れれば大したもんよ。今の通しは本番よりよっぽど過酷な環境だったからね」

 

 皆口さんは食べ終わったアイスの棒を、タクトのようにクルクルと振り回しながらそう言います。

 

「確かに本番では二曲ごとにトークもあるしね。これまでの経験上、大体連続して三曲が限界っぽい」

 

 今度は皆口さんが凛ちゃんの言葉に「そうね」と答えています。
 この二人、ちゃんと音楽関係者っぽい話ができて羨ましいなぁ。そういや高森さんの誕生日会でも、二人で随分話し込んでたけど、こういう話をしてたのかな?

 

「それにしても、皆口さんのレッスンがここまでハードだとは思わなかったよ」
「ん? 私の方が中村くんより厳しい感じだった?」
「ああ、皆口さん"の"レッスンとしてはね」
「まぁ、そうでしょうね」

 

 さらりとそう言う凛ちゃん。
 普段からこれ以上のレッスンって一体……。

 

「でもまぁ、トレーナーの聖ちゃんも随分うまく鍛えてくれたようで。これはもう私の出番はないみたいで残念ねぇ」
「そんなあからさまに、嬉しそうな顔で残念って言われても」

 

 皆口さんの言葉に呆れた顔を見せる凛ちゃん。
 そうそう、レッスンを見ていてくれたトレーナーさんは昨晩346にお帰りになりました。ほとんど教えることは終わったそうで、後は皆口さんにバトンタッチという事です。最終日二日前に最終チェックのためまた来てくれるそうだけど。……お疲れ様です。

 

「しかし、渋谷さんが完璧なのはともかく、本当に響子は出来過ぎなぐらいね。もうお腹の方も大丈夫そうだし」
「はい、なんとか……」

 

 皆口さんに返事をしながら、呼吸も落ち着いた私はノロノロと身体を起こします。すると凛ちゃんが、見計らっていたかのように飲料ボトルを渡してくれました。

 

「飲みかけだけど、いい?」
「うん、ありがと……」

 

 ちょっと少な目の飲料水をゆっくりと口に含むと、それを何度かに分けて飲んでいきます。本当は一気に飲みたいんですけど、トレーナーさんからこうやって飲めって言われてて。

 

「ふぅ……美味しい」

 

 ほっと一息つく私に、皆口さんはイヤらしい笑顔を向けてきました。

 

「むふーん、響子は渋谷さんとの関節キッスでドキドキしちゃってる?」
「は?」

「うわ、さすがに自分の担当アイドルにその返しされると、プロデュ―サーとしては動揺が隠せないわ」

 

 ショックとばかりに額を抑える皆口さんですが、さすがに同情の余地はないです。人には超えていけないボーダーラインがあると思うんですよね、私。

 

「そもそも関節キッスって。昭和……」
「ぐ、渋谷さんも中々言うようになったわね」
「あ、凛ちゃん、皆口さんって昭和生まれだと思う」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「シャラーップ!」

 

 バツ印に手をクロスさせて全力で否定する皆口さん。その姿があまりに可笑しくって、私と凛ちゃんは疲れも忘れて大きな声で笑ってしまいました。

 

 

 


 午前のレッスンが終わった後は、作戦会議室こと6-2の教室でお弁当タイム。今日は鳥そぼろ丼です。コンビニのご飯も侮れない味ですよね。

 

「ん、なんかこういう時間久しぶりな気がする」

 

 凛ちゃんがご飯を口に運びながらそう言いました。
 昨日は皆口さんが346に戻っていたので、凛ちゃんと二人だけの食事。
 その前は奈緒ちゃん達が五日間滞在していたので、本当に大所帯での食事。

 

「確かに、こうやって三人で食べるのって随分久しぶりな気がしますね~」

 

 あらかたPV用の素材も集まったそうで、トレーナーさんと共にスタッフさんたちも、そのほとんどの方がお帰りになっています。だから、今この合宿所に残っているのは、皆口さんと私と凛ちゃん。警備員のおじさんに、雑用スタッフさんが二人だけ。
 人が少なくなっちゃったのはちょっぴり寂しいけど、今のように前の雰囲気が戻ってきてるのも、それはそれでちょっと嬉しく思ってます。
 うーん、やっぱり私って状況に流されやすいのかなぁ? 洋服だって友達が楽しそうに薦めてくれるとすぐに気に入っちゃうし、食べ物もお母さんが何かにハマると、一緒になって同じもの作り続けちゃうし。……あれ? これって遺伝?

 

「響子、お茶取って」
「え? あー、はいはーい。注いじゃうよー」
「ん、ありがとう」

 

 凛ちゃんの差し出した空のグラスに、ガラス瓶に入った冷え冷えの麦茶を注いでいきます。あ、これは私が昨日の早朝から私が作り出したもの。ずっとペットボトルなのも味気ないのですしね。

 

「美味しそうに飲むわね、渋谷さん」
「うん、美味しいからね」
「どれどれ。響子、私にも頂戴」
「はーい」

 

 皆口さん用に新品の紙コップを用意すると、そこにもお茶を注いでいきます。
 ゴクゴクと音を立て飲む皆口さん。いい飲みっぷりだなぁ。

 

「何これ美味しい」
「そうですか?」
「ええ、自分で作ったらこんなに美味しくならないのに……」

 

 皆口さんは首を傾げていますが、普通にスーパーで買ってきたティーパックのお茶ですし、特別高級な味がするとは思えないですが。

 

「ちゃんと説明書通りに作ってます?」
「当たり前じゃない。ていうか、麦茶なんて沸騰してるヤカンにパック放り込んで、あとは冷やすだけでしょ?」
「ま、待ってください、沸騰してる最中のお湯に直接淹れちゃダメですよぉ~!」
「え? そうなの?」
「え? そうなんだ」

 

 凛ちゃんまで驚かないでも!

 

「沸騰してるじゃなくて、一度沸騰したお湯で淹れるのが正しいですよ? 間違っても一緒に沸騰させちゃダメなんですって」
「へ~」
「へ~」
「もう! ちゃんと説明書いてあるんですから読みましょうよ!」

 

 なるほどなぁと感心しながら麦茶をズズっと飲む二人。凛ちゃんも皆口さんもちょっと特殊な環境の人なので、麦茶のティーバッグに関する世間のレベルが、この二人並みだとは思いたくない……。

 

「ところで、なんであなた達はガラスのコップなのに、私だけ紙コップなわけ? それどうしたのよ」

 

 唐突に話題を全く変えて、不満を零す皆口さん。
 まぁ、よくあることですが。
 その質問に、私と凛ちゃんは単刀直入に答えます。

 

「買ってきました」
「買ってきた」
「いやいや、待ちなさい、普通そういうのは私の分も買って……」

 

 だって、皆口さん全く買い出しとか手伝わないんだもん。
 買い出し行ってた人のコップとかマグカップとかは結構揃ってるのに……。

 

「こんにちわー! みなさん大ニュースですよ!」

 

 皆口さんがグチグチと文句を言いながらお茶をすすっていると、教室のドアが勢いよく開きました。
 そこにはすっかり見慣れた女の子、残ったスタッフさんの一人である彼女が元気よく手をあげていました。

 

「ああ、金元さんだー。こんにちはー」
「こんちは。どうしたの、そんなに慌てて?」
「あ、うん……。こんにちは。いや、コップの話は……」

 

 金元さんは、そのまま私たちの元へ駆け寄ると「これです、これ!」と、自分のスマホを私たち全員が見えるよう、机の真ん中に置きました。

 

「ん? ……え!」
「うわぁ……これは……」

 

 金元ちゃんのはしゃぎ具合とは反対に、私と凛ちゃんは困惑した表情でお互いを見つめます。

 

「あ、あれ? だってこれすごくないですか?」

 

 金元さんは私たちの反応に戸惑っているようだけど、まぁ、社外の人からすれば、これは面白いことだからなぁ。

 

「ん、まぁ、これは想定内でしょ。中村くん的にはね」
「そ、そうなんです?」
「さすがにどうするかってプランまでは聞いてないけどね?」
「まぁ、あの人の事だからここから何かまたやらかすんだろうけど……イヤだな」

 

 私たちの思いもよらない態度に、オロオロする金元さん。
 彼女のもたらした、スマホ画面に映っていたのは、ネットニュースまとめ。

 

『ツイッティ―に動画投稿! 千葉県の月海町で町おこしシークレットライブ? あの渋谷凛も登場!』

 

 そう書かれたタイトルと、私と凛ちゃんの動画が紹介されていたのでした。

 


 


「346プロダクションのアイドルって、そんなに厳しい規則がいっぱいあるんですか!?」
「厳しい……っていうか、まぁ、ルールみたいなものは結構あると思います」
「キングダムは守ってないけどね。まぁ、正確には中村プロデューサーが守らないように仕向けてるんだけどさ」

 

 二年前から346プロダクションが推し進め出した、アイドルブランド化計画『フェアリーテイルズ』。
 概要では、今の346アイドルは会社の認めたメディア外での露出は禁止。ファンとの接点はかなり絞られていて、いわゆる「手の届かない憧れの女の子」という路線を強く押し出しています。
 だから今回みたいに、一般人のお客さんとここまで近くで触れ合ってるライブ動画がツイッティ―に流れたのは、本当によろしくないのです。

 

「今回は今までみたいに一発勝負じゃないですし、凛ちゃんも初めてのケースだよね」
「まぁね……。いや、待って。私は別に勝負をしてきたわけじゃないよ?」

 

 不満げにそう答える凛ちゃん。
 凛ちゃんの所属するキングダムのアイドルは、何の因果か在籍するメンバー全てが、346プロダクションの規定から外れたデビューをしています。さすが中村さんと言ったところでしょうか。

 

「すごくかっこいい名前ついてましたよね、ニューカミングレースのデビューライブ。確か……『リベリオンオブエス』とかって!」

 

 金元さんが瞳をキラキラ輝かせてその言葉を口にした瞬間、

 

「やめてよそれ! ホント恥ずかしいんだから……!」

 

 と頬っぺたを真っ赤にしてしまいます。

 ファンの間では語り草の名ライブだったらしいのですが、もっとも今の凛ちゃんの表情を見るに、本人としてはとても不名誉な出来事だったのでしょうけど。

 

「……まぁ、さすがにプロデューサーのやらかしも四回目だからね。今度ばかりは上から厳重に注意されるんじゃないかな」

 

 凛ちゃんは、部屋の片隅で電話をかけている皆口さんを見ながらそう言います。先ほどのネットニュースを見たあと、早速皆口さんは中村プロデューサーに連絡を入れてくれているのです。

 

「なんで動画が出回るかもしれないなんて簡単なことに気がつかなかったんだろう。これじゃ、最悪中止とか……」
「さすがにそれはないよ、響子」

 

 不安が思いっきり顔に出てしまっていたのか、凛ちゃんが私に励ましの言葉をかけてくれました。
 でも、確かにそうですよね。あの中村プロデューサーが、このぐらいの事を想定してないとは考えにくいです。ただ、それでもやっぱり不安はありまして。
 なんとも言えない感情に支配され黙りこむ私たちに、再び金元さんが質問を投げかけます。
 
「あの、つまり、ゲリラライブがゲリラじゃなくなっちゃった……って事なんですよね」

 

 凛ちゃんはゆっくりと頷きます。

 

「そう。これまでのプロデューサーのゲリラライブはその名の通り、いきなりやるから成功してただけ。『許可があろうがなかろうが、成功したんだから文句は言わせない』っていうのが、プロデューサーの考え方でさ」

「なるほど」

「でも今回は、食甚祭の広告ミニライブ動画が流出しちゃったからね。つまり本番の無許可ライブをやる日が、先に346上層部にバレちゃったんだよ。それなら上も今からだって、私たちのこれからの動きを縛ろうとしてくるだろうからね」
「ま、まさか本当にこのまま町おこしライブなくなっちゃったりするんですか……?」

 

 泣きそうな金元さんに「弱ったな」と眉をハの字にする凛ちゃんは、私を慰めてくれた言葉を再び金元さんにも伝えます。

 

「さっきも言ったけど、プロデューサーはこの事を想定していたはず。ただ、これから先どうするつもりなのかは私にもさっぱりなんだけど」

 

 凛ちゃんは、また厄介ごとに巻き込まれたと肩を軽くあげる。でも、その動作は「大丈夫、いつものことだよ」と私たちの不安を消してくれるようでもありました。

 

「あー、二人とも、ちょっといいかな?」

 

 そこに電話を終えた皆口さんが声をかけてきました。
 彼女は表情は、まさに今凛ちゃんがしていた表情と同じで「厄介ごとを計算に入れて行動しないでほしい」という苦笑いでした。

 

「ど、どうでした?」
「うん、やっぱ中村くんは馬鹿だなぁって感想」

 

 皆口さんは再び椅子に腰かけると私たちへと向き合います。

 

「まず、町おこしライブは普通にできるわ」
「ほ、ホントですか!?」
「ああ、よかったぁ!!」

 

 その言葉に私と金元ちゃんは手を取り合い喜びます。
 凛ちゃんは、そんな私たちを見てホッとしています。もう、凛ちゃんももう少しぐらい直に喜んでくれてもいいのに~。

 

「さすがにあそこまで大々的に動画も流れちゃってるしね。今更中止にして、346内の余計のゴタゴタが世間に明るみになるよりはマシってわけ」
「……まぁ、それすらも馬鹿プロデューサーの思惑通りってことか」
「策士ですねぇ」

 

 私たちにとっては『ライブが行える』という事実だけで十分です。
 色々と心配事があっても、それはプロデューサーさん達に任せておけば大丈夫。うん。
 きっと、これ以上は何も――

 

「あー、でも、ほっとしてるところ悪いんだけど、まだ話は終わってないわよ。とくに渋谷さんには大切な話が残ってるわ」
「やっぱりあるのか……」

 

 ああ、結局は一筋縄ではいかないんですね……。
 そろそろ私も中村さんの無茶に慣れてきたというか、驚きよりもげっそりとした感情の方が先に来るようになってきました。同じような表情している凛ちゃんにシンパシーを感じる程度には、私もキングダム色に毒されてきたのでしょうか。

 それにしても凛ちゃんにとっての大切な話って、一体なんでしょう?

 

「さて……二人は、346主体のアイドルフェスの事は知ってるかしら?」
「え? 今度のサマーカーニバルの事ですか?」
「それ。知ってるなら話は早いわ」

 

 私の言葉に頷いた皆口さんは、色々と説明をはしょって話を始めようとします。ですが、金元さんがおずおずと手をあげそれを阻みました。

 

「あの部外者だってのは重々承知なんですが、サマーカーニバルって何ですか?」
「ああ、金元ちゃんは知らないか、えーっとね、一昨年からウチが主体でやってるアイドルの合同フェスよ。ウチのいくつかの部署と、他の事務所のアイドルとで夏の祭典って感じでやってるのよ。今年で三回目」

 

 確かにサマーカーニバルはTV放送もしてませんし、知る人ぞ知るっていうフェスですよね。ライブ大好きなアイドルファンじゃないとあまり耳に馴染みがないかも。……私だって346に入ってから知ったぐらいですし。

 

「へぇ~。そんなのやってたんですね」
「そう。でも今年は違うのよ。民放でも生中継されちゃうんだから」
「え? そうなの?」

 

 今まで黙っていた凛ちゃんが急に話に加わってきます。なんでそんなに驚いた顔してるんだろう?

 

「そう。だから渋谷さんがここにいるのは本当はおかしな話なのよね」
「うぁ、本当に嫌な予感がしてきたよ……」

 

 皆口さんの溜息交じりの言葉に、心底嫌そうな顔をする凛ちゃん。
 どうしたんだろ?

 

「凛ちゃん、なんかTV中継があると困った事でもあるの?」
「あー……。うん、ニューカミングレースにもサマカニへの出演依頼出てたんだよね。去年は私たち出てるしさ」

 

 あ、凛ちゃん去年は出てたんだ。知らなかった。……まぁ、今年に入ってからサマ―カーニバルの事知ったんだから当たり前ですけど。あと、サマカニって略すんだ。

 

「断ると何か問題があるんですか?」

 

 私がどうでもいい事を考えていると、今度は金元ちゃんが凛ちゃんに質問を投げかけました。うん、別に断っても問題はないような気がするんですが。

 

「中村プロデューサーがさ、TV中継もやらないショボい番組になんか出なくてもいい、って私たちに言ったんだ。だからその時は私も忍も藍子も、今回からはそういう方針ってことで納得したんだけど……」
「ん?」
「え?」

 

 私と金元ちゃんが同時に声をあげます。
 え、だって、それって……。

 

「そう言う事。中村くん、今回のサマカニが去年までよりもっと大規模なものになるのを知ってて断ってんのよ。しかも渋谷さんたちには内緒で」
「な、なんで?」

 

 どういうことですか、あえて出ないって。そりゃ、ニューカミングレースほどの人気があれば、わざわざフェスに参加しなくてもいいかもしれませんが、そんな大規模で民放のTV中継もあるフェスなら、わざわざ出演を蹴る理由がないような……?

 

「スリーコートレディースが出てくるからでしょうね」

 

 皆口さんが気怠そうにそう答えます。
 スリーコートレディースっていうと確か……。

 

「あ、ヴェスパーの新ユニットの事ですね!」

 

 私が思い出す前に、金元さんが答えを言ってくれました。
 そうそう、四月にデビューしたばかりの、関プロデューサーの三人ユニット。
 なんでもデビュー曲と一緒にネットで公開されたMVがとんでもない出来だったらしくて、一気に知名度を上げたらしいです。……そういえば私は聴いてなかったなぁ。

 

「はぁ。じゃあうちのプロデューサー、やっぱりそれが原因で……?」
「さっき電話かけて問い詰めてやったわよ。というわけで、それが出演拒否の原因。どうしてもニューカミングレースをスリーコートと同じ土俵に上げたくないみたい」
「……サイアク」

 

 そう言った凛ちゃんはそれ以上、口を閉ざしてしまったのでした。



「あ、凛ちゃん、やっぱりここに居たんだ」
「んー?」

 

 午後からのレッスンも無事終了して夕食も食べ終わった後のこと。ふと、凛ちゃんが居なくなっている事に気付いたんです。でも今の私なら、凛ちゃんがどこに居るかなんて、すぐわかるんですよ。ふふーん。

 

「やっぱりここって落ち着きますよね」

 

 顔をあげると、そこには見慣れた夜空が広がっています。

 

「まぁね。……ごめん、響子。私、ちょっと不機嫌に見えてたでしょ」

 

 少しだけバツの悪そうな凛ちゃん。
 不機嫌っていっても、私や皆口さんに当たったりするわけでも、手を抜いたレッスンをするとかでもなくって。ただ、ちょっとだけいつもよりも、眉間にシワが寄っていただけ。

 

「大丈夫だよ、凛ちゃんの不機嫌な感じには慣れてきたし」
「ふふ、皆口さんのセリフじゃないけど、響子も言うようになったよね」
「えへへ、ありがと♪」
「褒めてない」
「えー」

 

 私は凛ちゃんの隣にちょこんと座ります。
 さて、どうしたもんかなぁ。私から聞いちゃっていいのかな。それも凛ちゃんから切り出してくれるまで待ったほうがいいのかな。

 

「……ふぅ。私から話すよ。そんな物欲しそうな顔されたらなぁ」
「え、私そんな顔してます!?」
「してる」
「えー」

 

 そんな心地のいいやりとりで、凛ちゃんの堅かった表情も崩れてきています。うん、やっぱり凛ちゃんはこわーい顔してるより、笑ってる顔の方が素敵だよ。

 

「あのね響子。多分、私たちがやろうとしてるこのライブは、サマーカーニバルっていうイベントそのものを出し抜こうっていう、うちのプロデューサーの計画なんだと思う」
「……ん?」
「そんな可愛く首を傾げられても困る」
「……え、だって、え?」

 

 TV中継まで決まっている大規模フェスを出し抜く?
 月海町にやって来てからというもの、それはもう色んな出来事がおこって、そのどれもこれもが私の想像を超えてた事ばかりでした。ただ、それでも大変であるという事実はすぐに理解はできたのです。
 でも、今の凛ちゃんの言葉は全くわかりません。……だって出し抜くって?

 

「サマカニの日は、八月十日。月海ライブ、つまり私たちの誕生日と同じ」
「う、うん?」

 

 まだ頭が追いつかないけど、必死に凛ちゃんの言葉を理解しようと、私は脳をフル回転させます。

 

「でね、スリーコートとは戦いたくないの、ウチの馬鹿プロデューサーは」
「それはさっき言ってましたね。でもなんでです?」

 

 その私の言葉に、凛ちゃんは小さな声で「そりゃ気持ちもわかるけどさ」と呟きます。
 ん? それは何に対する気持ちなんだろう?

 

「凛ちゃん?」
「あ、ごめん。うん、だからさ、スリーコートとは戦いたくない。でもスリーコートが目立つのは我慢ならない。それが多分プロデューサーの答えだと思う」

 

 はい?
 さっぱり意味がわかりません。なんでそこまで中村さんは、スリーコートレディースとフェスで共演するのを拒むのでしょう? 挙句、嫌がらせのように同じ日にライブをやるとか……。

 

「スリーコートに恨みがあるわけじゃないよ? 私だって別にそんなものないし」
「だったら……」
「でも、スリーコートの関プロデューサーとウチのプロデューサーにはちょっとした因縁があるんだ。」
「はぁ……」

 

 いまいち事情が飲み込めませんが、どうやら中村プロデューサーと関プロデューサーの間に何かがあって、こういう状況になっているというのはわかってきました。
 普段、こういう説明をする時の凛ちゃんは、もっとわかりやすく説明してくれるんですが、今回はよほど混乱しているのか要領を得ない言葉が多くて、色々と分かりづらいです。
 ……よほど話したくないのかな?

 

「ああ、もう! そのくせちゃっかり歌だけはもらっちゃってさ!」

 

 急に怒り出した凛ちゃんは、乱暴に自分の頭を掻きます。
 うわ、こんな凛ちゃん初めて見ますよ!?

 

「あ、関さんって『あいのうた』を作ってくれた……」
「そうだよ、あんなにいい歌を作ってもらっておいてさ。で、響子まで巻き込むんだよ? ホントにサイアク!」
「え!? 私って巻き込まれてるんですか!?」
「……ごめん、半分ぐらいは」

 

 そう言った凛ちゃんは頭をぐったり下げました。

 

「だ、大丈夫?」
「……私も色々と思う事があってさ。ちょっと一言では言いづらい事情がね」
「そ、そうなんだ」

 

 うーん。
 ここまで凛ちゃんが項垂れ理由ってなんなんだろう。
 あと、私もそれ巻き込まれてるって一体……。

 

「馬鹿プロデューサー……。楓さんを出せ、じゃないよ……」

 

 最後に凛ちゃんが呟いた言葉。
 それは、346のトップアイドル「白雪姫」こと高垣楓さんの名前。
 それきり黙ってしまった凛ちゃんの手に、私はそっと手を重ねると、彼女は無言で、でも力強くそれを握り返してくれました。

 どうしたんだろう。
 ここに居る凛ちゃんは、私の友達の凛ちゃんでもなければ、ニューカミングレースの渋谷凛でもありません。
 ……そうだ。まるで今の凛ちゃんは、この前までの私。
 何かに怖がり、何かに焦り、何かに追いつきたいと思っていた私。

 

「大丈夫だよ、凛ちゃん。何があったかは知らないけれど、私がついてるよ?」

 

 その言葉に項垂れたままの凛ちゃんは、小さく「うん」と答えてくれました。

 私は凛ちゃんの手を握りしめたまま、再び夜空を見上げます。
 いつも優しく私たちを見守ってくれた、無数の星たち。
 でも、今の凛ちゃんはその星の輝きにも目もくれず、何かを考え込んでいます。

 

 ねぇ、凛ちゃん、今は星を見ようよ?
 私たちがこうして今という「時間」を分かち合えるのは、あと十日ちょっとだよ?

 

 そんな私の想いも虚しく、意地の悪い夏の物語は加速を続けていくのです。
 私たちが一緒に見上げていた夏の夜空。
 その優しさは、いつまで私たちを包み込んでくれるのだろうって。

 


 


 みんなが帰っていった時、廊下に響いた寂しげな靴音。
 その靴音が、再び私の心の中で鳴り始めます。
 まるで、ここからすべての人がいなくなってしまうかのように、コツコツと音を立てて――

 

 こうして私たちの物語は、第三の幕を開けたのでした。

第十三話 完了


 

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