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第十二話

 遠い昔。
 厄災を遠ざける二人の神様に見初められた双子の姉妹。
 偶像として崇め祀られた彼女たちが紡いだのは、奇跡が起こった夜の物語。

 

 本当は一時だって離れたくない、それほどに仲が良かった姉妹。それでも彼女らは人々の平穏を守る為、それぞれが別の地と舞台に舞い降り、寂しさと戦いながらも、華麗に唄い踊っていました。

 彼女たちが離れ離れになり何年が過ぎたでしょうか。
 月の巫女が哀しみのあまり唄えなくなってしまったその時、奇跡は起こったんです。

 

 厄災から人々を守る、太陽と月の神様。昼と夜、互いの時間を守ることが何より大切だった二人の神様が、唯一手のだせない狭間の時間。

 

 日食。
 
 その日、たった一度だけ、二人は同じ舞台に立つことができたんです。
 真昼の世界が夜に包まれる幻の世界。
 そんな幻の中、双子の姉妹は手を取り合って歌ったそうです。
 
 そして数百年。
 数々の出来事が歴史の波に流されながらも、未だに受け継がれる二人の想い。
 二人が唄った証、あの幻の夜を讃える祭り。

 

 ――七月二十四日、食甚祭(しょくじんさい)。

 

 ステージへ向かう私の足はとても軽く自分でもびっくりしてしまうほどです。
 心は静かな夜の海のよう。静寂と心地よい波の音が聞こえるような。先ほどまで舞台袖で緊張していた事が嘘みたい。
 それにしても、まさか私が……、ううん、私たちが双子の巫女を再現するなんて、思ってもみませんでした。
 舞台に向かう私――五十嵐響子の中には、まるで月の巫女の魂が宿ったかのように静かな感情が。
 一方隣を歩く凛ちゃんは太陽の巫女がごとく、それは真夏の日差しのような輝きで。
 別に私たちが彼女たちを背負っているわけではないのにね。

 

 赤と青の巫女装束を身に纏った私たち。
 私は赤を、凛ちゃんは青を背負って。
 本来なら青の装束、月の巫女は私の方。
 だって伝承の通りなら、太陽の巫女は月の巫女を助けに来てくれたお姉さんだもの。
 それなのに太陽の証である赤い装束、私が着ちゃって、ごめんね凛ちゃん。
 今は私が、見かけだけでも太陽の巫女、がんばるから。
 きっと私の愛情は、月の巫女のものほど深くはないだろうけど。

 友達としてこうやってあなたを支える為に、この場所に居られて本当に良かったと思います。
 あぁ。今、あなたはどんな表情をしているんでしょう?
 でも、私は隣を見ません。
 きっと凛ちゃんは前を、未来だけを見ているから。
 だから私も今はそれだけを見て歩くね。

 

 そうして、私は凛ちゃんと一緒にステージへ上がったのでした。

 


 

 

「ねえねえ あれって渋谷凛じゃない!?」
「まさか……。え、ほんとに?」

 

 私たちがステージに立った途端、盆踊り会場はざわつきはじめました。
 十代の子や二十代のお兄さんお姉さんを中心にそのざわめきは広がり、事情がよくわからない年配の方々は、その若者たちからあふれ出す熱気に動揺を隠せない模様でした。

 

「うっそ! 今日のラストに起こるサプライズってこれ!? しぶりん呼ぶとかすごくない!?」
「マジかよ。そっくりさんとかじゃ……ねぇよなぁ、明らかに」

 

 観客の皆さんが注目するのは、私の隣に立つ青い巫女服を纏った少女。

 

「さぁ、本日最後の大出し物は……なんと346プロダクションのアイドルのお二人!」

 

 ステージ下で、司会のお兄さんが壇上の私たちを紹介します。
 このお兄さん一般の方ですよね? 手慣れてるなぁ……と、感心してる場合ではありません! 隣で凛ちゃんがみなさんに深々とお辞儀をしているじゃないですか!
 私もそれに習うよう、慌てて大きく体をくの時に曲げました。すると、まるで濁流のように一気に襲いかかる音。それは私の鼓膜を勢いよく震わせたんです。

 

「うあっ!」

 

 慌てて顔を上げると、そこには観客のみなさんの笑顔がありました。
 一拍遅れて、その轟音が歓声であったことに気づき、私の体はブルリと震え上がります。間違いなく、これは鳥肌立ってますよ!

 

「それではお二方、よろしくお願いしま~す!」

 

 き、来た! とうとう、私たちの出番です!
 司会のお兄さんから進行係というバトンを受け取った私と凛ちゃんは、お互いの顔を見合わせます。
 う、うん、最初の挨拶は今日の朝練習したもんね。大丈夫、大丈夫! いや、ホント、足がガクガクだけど全然大丈夫!
 あわあわと慌てる私にクスっと笑う凛ちゃん。もう! 酷いんだから! 仕方ない……って、あれ? 今のでちょっと正気を取り戻せたかも?
 そうこうしてる内に、凛ちゃんがマイクを口に近づけます。すると、彼女の声を聞こうと歓声はピタリと止んだのです。まるでモーゼの十戒みたい。

 

「こんばんは、月海町のみなさん。渋谷凛です」

 

 同性の私から見ても見惚れてしまう。雄々しく立つは、現代に甦った女神の一人。
 でも、私はその神様の下にある顔を知っています。だから、だから!

 

「こんばんは! 五十嵐響子です!」

 

 負けずと精一杯大きな声を出して挨拶をしたんです!
 だって、私は彼女の友達としてここに……。

 

 キイイィィィィン!

 

 機械が軋むような音。これは轟音じゃなく、騒音です!
 ああ、ハウリングしちゃってるぅ!

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 耳を押さえる観客のみなさんに慌てて謝る私。ああ、やっちゃった!

 

「もう、何やってるの。そんな大きな声出さなくたってみんなには聞こえてるよ?」
「そ、そうだね、えへへ」

 

 私の失敗をフォローしてくれる凛ちゃん。お客さんからクスクスと楽しげな笑いが聞こえてきました。

 

「ほら、お客さんもツボってるよ。掴みはOKだったんじゃない?」
「べ、別にボケを取りに行ったわけじゃないですよぉ~!」

 

 すると会場から、大きな笑い声が。あ、あれ、これってウケてるんでしょうか!?


 そんな笑い声のなか、一人の男性の声が響きました。

 

「しぶりーん! 今日はNGのメンバーじゃないのー!?」

 

 その問いに、凛ちゃんは颯爽と答えたのです。

 

「そうだよ、今日の相棒は、私の隣にいるこの子なんだ」

 

 そうして、凛ちゃんは左手を差し出してきました。それは王子さまが姫君をエスコートするかのような仕草であって。もうズルいなぁ、そういう仕草似合っちゃうんだもん。
 私はマイクを左手に持ち返ると、残った右手で彼女の手を取ります。
 うん、今度は落ち着いて話せそう。朝練習した通りに。

 

「はい、今日はみなさんにお知らせがあってきたんです! 聞いてくれますかー!?」

 

 再びざわめき立つ会場に、私は大きく息を吸い込むと勇気を振り絞ります。

 

「なんと私、五十嵐響子と、こちらの凛ちゃん。二人でこの月海町の町起こしライブを行う事になったんでーす!」

 

 おおっ! といい反応をしてくれるお客さんたちに、今度は凛ちゃんが声をあげました。

 

「この月海町に、私たち346プロの合宿所ができたんだ。その施設は、お客さんのみなさんがよく知ってる建物なんだよ。町起こしライブはその場所で行われる予定なんだ」
「そうなんです! 開催日は八月十日! みなさん、是非遊びにきてください!」

 

 一際大きくなる歓声。先ほどまではイマイチ乗り切れていなかったご年配の方たちも、若い子たちの熱気が伝染したようで、みなさん拍手をしてくれていました。
 それは私の心の輝きをどんどん加速させていきます。すごい!

 これが……これが主役として、ステージに立つってことなんだ!
 
「あ」

 

 観客のみなさんに混ざって、奈緒ちゃんの工藤さんが顔が見えました。
 よく見ると、金元さんも手を振っていてくれます。周りにいるのはお友達でしょうか? あはは、すっごい楽しそう! あ、あそこにいるのは桑島のおばさん! それにゆうくんたちも!
 そして後ろの方でにこやかな顔をして見守るように立つ小山さんの姿も。
 私は何故かその姿を見た時、ふいに涙がこみあげてくるような感覚に包まれました。それをグっと飲みこみ、私は顔を上げたんです。

 

「それでは、今日は町興しライブに向けてまずは一曲、唄わせてもらいますね~!」

 

 流れ出すメロディー。

 

「曲は『ビードロ模様』。聴いてください!」

 

 曲名を紹介してくれる凛ちゃんの言葉を合図に、私たちは踊り始めます。
 凛ちゃんの肩の負担を減らすためにアレンジした振り付けは、当初より簡単なものになっています。そのおかげで唄う方に全力が出せそう!
 よし! と大きく息を吸い込み――

 

『捜していた 好きになる理由を』

 

 歌いだしは私から。そしてその後を続くように凛ちゃんが。

 

『もっともらしい 言葉だとか』

 

 ああ、どうして今まで気付かなかったのだろう。
 今、この場に立って唄い出したことで、やっとわかりました。
 この歌詞は私たちみたいな子のお話しなんだって。

 

『気付いたとき 縺れ合って』
『固結びが ひどくなってた』

 

 観客のみなさんの方に向かって唄う私。
 でも、きっと私はこの歌を。

 

『躊躇わないで 言えたなら』

 

 隣で唄う凛ちゃんの為に。

 

『君はもう泣かないの』

 

 凛ちゃん、あなたはこの歌を誰の為に唄っていますか?
 たったの二週間。私たちはまだ出会ってから、たったの二週間しか一緒にいません。
 それなのにこの二週間を、どうしてこんなにも愛おしく思ってしまうのでしょうか。
 真夏の雲を突き抜けていく、雷のような衝動。

 そんな想いを心に描いた二週間でした。
 草と水、森と潮の香り。
 月海町を包み込むこの香りを、私はずっと忘れないでしょう。
 そしてこの歌の奏でる旋律は、今の私の感情をずっと心に刻みつけてくれるはず。

 

 踊りの最中、凛ちゃんと目が合いました。
 ああ、凛ちゃん。あなたはこの歌を誰の為に唄っていますか?
 その深い翠の瞳に映る私は、あなたにとってどんな存在ですか?

 

『失くしていた 気持ちを知った時』
『僕らの時間 動き出した』

 

 みんなで花火をしたあの夜。
 私はどうしてアイドルになろうとしたのかを知りました。
 私はアイドルになる必要がなかったことを知りました。
 でもあの時、凛ちゃんに言おうとして言えなかった事があるんです。
 私がアイドルをしていてもいい理由。
 もしそれを言ってしまったら、もう戻れなくなるかもしれない。あの時はそれが怖くて怖くて。
 工藤さんにそれを言ってもらえるまで、私はそれについてどうしても臆病で。

 

『秤にかける 恋の質量』
『どうしたって釣り合わない』

 

 天の川の下、静かに佇んでいた凛ちゃんに私は憧れました。
 だからこの人の隣で一緒に何かをするというプレッシャーに、何度も押しつぶされそうになりました。
 ただ、その裏にはちょっとだけ優越感もあったんです。この人の隣で何かを出来る喜び。そんな真逆の想いも私の中にはあったんです。
 届かない人を想う気持ち。ただ隣にいられればそれでいいっていう感情。
 それはまるで恋のようで。幼い私が描いたあやふやな軌跡。
 でも、今は違います。
 
『答えを出したその先に どんな未来が続いても』

 

 この先、どんな未来が続いても、私たちがどんな風に変わっていっても。
 きっと変わらないものがある。
 私はきっとその想いを持ち帰るために、この月海町に来たんです。
 あなたと友達になるために。ただそれだけのために。
 そう、私はありったけを込めて唄うんです。

 

『好きだと言いたい 君に好きと言いたい』

 

 凛ちゃん、あなたはこの歌を誰のために唄っていますか?
 私は、あなたのために、この歌を唄います。

 遠い未来、誰かがこの歌に触れた時。この衝動は再び目を覚ましてくれるはず。
 まるで双子の巫女の伝承を私たちが紐解いたように。
 赤と青、私たちの歌声は複雑な模様を描くガラス細工。
 想いは溶けて混ざりあい、確かにあったこの夏の夜に溶けていくようでした。

 

 

 


 合宿所の屋上。校舎の壁にもたれ掛かるようちょこんと座った私は、ぼーっと夜空を眺めていました。
 まだ耳の奥にはあの歓声が残っています。瞼を閉じればしっかりと光景が目に浮かびあがってきます。
 時刻は二十三時半。あのライブが終わって、まだ二時間ちょっとしか経っていないとか冗談みたいです。

 

「あっという間だったなぁ」

 

 私と凛ちゃんの初ステージは、僅か十五分で幕を閉じました。
 凛ちゃんの肩も、私の体調も、機材やスタッフさんも、何のトラブルも起きずに、最初から成功が約束されていたかのように、私たちの初ステージは終わったのです。

 

「なんとかなるものだね」
「案ずるより、生むが易し」

 

 私のひとり言に、隣に座る凛ちゃんが答えてくれました。
 彼女もまた私と同じように夜空を見上げています。

 

「あはは、本当にそうだったね。なんか、あれこれ心配してたのが馬鹿みたい」
「馬鹿かどうかはわからないけど、心配して損しちゃったね」
「あー、そこは馬鹿ではないけどって言ってよ!」
「ふふ、そうだね」

 

 楽しそうな凛ちゃんの横顔。
 渋谷凛というトップアイドルを輝かせたい、そう思っていたのに。
 今は凛ちゃんこの横顔を見られるだけで幸せになっていました。現金な話ですね。
 でも彼女の友達として、この笑顔を求めちゃったんだもん。

 

「綺麗だね」
「うん」

 

 私たちは月見町にやってきてから、何度こうやって星空を眺めたのでしょうか。
 何度も何度も。飽きる事なく何度でも。
 訪れる沈黙。言葉なんか何もいらない。
 ただこうして一緒に座っているだけで、それ以上求めるものなんかなくって。
 この時間だけが私たちの全てのようで――

 

「ここにいたかー」
「あ、工藤さん」

 

 そんな静寂を破るように現れたのは工藤さん。
 私たちと同じくジャージ姿の彼女は、軽く手をあげ挨拶をしてくれました。

 

「君ら屋上好きだねぇ」
「なんかここ落ち着くんだよね」

 

 凛ちゃんがそう言うと、私もうんうんと頷きました。
 学校の屋上って普通は立ち入り禁止ですから、この合宿所みたいに万年オープンになっているとつい来ちゃうんですよ。物珍しいってのもありますが、こんなに広い屋上っていう空間を独り占めする機会なんて中々ありませんから。

 

「ふーん、まぁわからなくもないかな」

 

 工藤さんは腰に手を当て周りを見渡します。
 微かに聞こえる虫の声と、少しだけひんやりとした風が心地よく吹く夜。
 うん、風流この上ないですよね。

 

「ところで忍、何か用でもあった?」
「あ、そっか。つい和んじゃった。アンタ達の放つ田舎者特有のダラダラ時空

ヤバいね。ついつい引き込まれちゃうよ。ま、田舎者の私がいうのもなんだけど」
「いや、私は都会生まれの都会育ちで……」
「あ、私はもともと田舎者なんで!」

 

 確か工藤さんは出身が青森のはず。でも私だって鳥取ですから、田舎勝負なら負けませんよ!

 

「あはは、五十嵐さんは生粋の田舎者だったかぁ~!」
「そういう工藤さんだって!」

 

 なぜか意気投合する私と工藤さんに、凛ちゃんは大きくため息をつきます。うわぁ、この溜息はこっちがショックを受けるぐらいに呆れられてる感じがしますね。

 

「忍、頼むからすぐに話を脱線させるクセやめて」
「ぐはっ、そうだったそうだった」

 

 凛ちゃんの言葉に、工藤さんはちょっとだけ大き目のリアクションで「しまった」とおかしなポーズを取りました。それにしてもニューカミングレースの工藤忍さんが、こんなにもフランクな人だったとは。

 

「んと、プロデューサー達が呼んでるんだよ。家庭科室に来いってさ」
「こんな時間に?」
「こんな時間に」

 

 凛ちゃんの質問にオウム返しのように答える工藤さん。どうやら、工藤さんもよくわかってないみたい。

 

「なんの用なんだろう?」
「さぁ。でも家庭科室だって言うんなら、打ち上げでもやるつもりなんじゃないの?」

 

 ライブが終わり、軽く後片付けをして合宿場に戻ったのが三十分前。今日はもう遅いからって即時解散になったので、私と凛ちゃんはこうして屋上で涼んでいたわけですが。

 

「ウチのプロデューサー、予定立てるの滅茶苦茶だからなぁ。一旦止めるって言っておいてか~ら~の……ってのは十分ありえると思うんだ」
「それあると思うよ、忍」
「でしょ?」

 

 二人そろって頷くのを見ると、毎日大変な思いをしてるんだろうとちょっと同情してしまいます。月海に来てから、私も中村プロデューサーの無茶振りには驚きっぱなしだもの。

 

「それはともかくさぁ、二人とも急にいなくならないでよ。プロデューサーから『二人はどこだー!』ってくすぐられるし。セクハラだよセクハラ」

 

 工藤さんはちょっとだけ怒ったように口を尖らせそう言いました。

 

「ご、ごめんなさい」
「ああ、それは悪かったね」

 

 さっきは話した時にも思ったけど、ニューカミングレースって実質的には工藤さんがリーダーなのかな? なんとなく中村プロデューサーに対する立ち位置や信頼度みたいなものが凛ちゃんより上……って、それは凛ちゃんに失礼ですね。

 

「でもLINKで声をかけてくれれば、こっちから行ったのに」

 

 負けっぱなしなのが癪に障ったのか、凛ちゃんが反撃に出ます。
 そうそう、凛ちゃんって意外に負けず嫌いですよね。特に小さな出来事に対する意地っ張り度が高くてびっくりしちゃいます。普段はクールなのになぁ。
 というわけで、私もここは一つ助け舟を。

 

「せっかくグループも作ったんですし、工藤さんも使ってくださいよ~」

 

 と私が言うと、彼女はさらに唇を尖らせてました。

 

「いやいや、凛も五十嵐さんも、ケータイ持ってないじゃん……」
「え?」
「え?」

 

 慌ててジャージのポケットを探ると……あ、ほんとだ持ってない。
 隣の凛ちゃんもゴソゴソとポケットに手を突っ込み、そのままの状態で動かなくなってしまいました。

 

「頼むよ二人とも、気が抜けすぎだって。とくに凛! 『いつどんな連絡があるかわからないからスマホは常に持ち歩くこと』って、あんだけアタシに口酸っぱくして言ってたくせに」
「うっ、ごめん」

 

 珍しく狼狽える凛ちゃん。微妙に額に汗なんか流しちゃって、さっきのライブまであんなのにかっこよくキメキメだったのに。まさかこんな所で焦った凛ちゃんにお目にかかれるとは思いませんでした。レアです、これぞまさにレアケース。

 

「……五十嵐さんも、そんな微笑ましそうに凛のこと見られても」
「はっ!?」

 

 明らかに「なんなんだアンタら」と言った表情の工藤さん。

 

「まぁ、とにかく行こうよ。みんなにはもうLINKで声かけてあるから」
「忍、ちょっと容赦がなさすぎる」
「なに言ってんの。その言葉、いつもの凛にそのままお返しするよ」
「凛ちゃんって普段そんなに厳しいんですか?」
「鬼だよ、鬼」
「忍?」
「ほら見て、鬼の顔!」
「あはは!」

 

 そんなやりとりを交えつつ、私たちは屋上を後にしたのでした。

 

 

 


 家庭科室に到着した私たちを待っていたのは、皆口さんと奈緒ちゃん、かな子ちゃん、高森さんの四人。ああ、私たちが最後だったんですね。
 でもなんだか様子がおかしいみたい。

 

「だーかーらー! なんで開けてくれないんだってば!」
「もうちょっとだけ。もうちょっとだけ待ちなさい。ね?」

 

 ドアの前で通行止めのように立つ皆口さん。それにつっかかる奈緒ちゃん。んー、何やら揉めている様子?
 そんな二人から少し離れて眠そうなかな子ちゃんと、それを支えるように立ってる高森さん。

 

「あ、忍ちゃん、凛ちゃん。五十嵐さんも待ってましたよ」

 

 高森さんがいち早く私たちに気付き挨拶をしてくれました。凛ちゃんと工藤さんは軽く手を上げています。こういう仕草がかっこいいんですよね。うーん、きっと私がやっても様にならないんだろうなぁ。
 私も軽く会釈をして高森さんに近づくと、彼女に尋ねました。

 

「奈緒ちゃん、何かあったんですか?」
「ああ、神谷さんの事ですね。ええっと……」

 

 と、高森さんが事情を説明しようとすると、

 

「あ、響子! 渋谷さんも待ってたわよ!」
「は、はぁ」

 

 つい気の抜けた声を出してしまいました。凛ちゃんも訝し気な表情です。
 いや、だって全く状況が掴めてないですもん。

 私たちを見るや否や、顔をぱぁっと明るくしてくれた皆口さんには悪いんですが「心強い援軍の到着だ!」みたいに喜ばれても困っちゃいます。
 それに……。見るからに不機嫌そうな奈緒ちゃんの相手をするのも、なんだかなぁ。

 

「奈緒、何でそんなにテンション上がっちゃってるの?」

 凛ちゃんの質問に奈緒ちゃんは「よくぞ聞いてくれました」と、事情を説明し始めました。

 

「だってさぁ! こんな深夜に呼び出した挙句、集まった理由を教えてもくれなければ、部屋に入れてもくれないんだぞ!? 酷いじゃんかよ!」

 

 確かにこんな夜遅くに呼び出されたんだから、理由ぐらいは教えてほしいかも。でも皆口さんにも何かしか考えがあるんだろうし、ちょっとぐらい待ってあげてもいいんじゃないかなぁ。ここはさっきの凛ちゃんの時と同じく、皆口さんの助け舟を出してあげようかな。

 

「気持ちは分かるけど、そこまで盛り上がって怒るような事じゃ……」
「あたしはもう寝てたんだよ! 今日は子供たちの相手したせいで、もうクタクタなんだよ!」
「あ、そうだったんですか」

 

 ううっ、またもや助け舟失敗。ひょっとして私の船って泥船なのでは!?

 

「とにかくだ! 見てみ、これを!」

 

 泥船の持ち主なのかもしれないというショックを隠し切れぬまま、奈緒ちゃんの突き出してきたスマホの画面を覗き込みます。そこには。

 

〈奈緒が寝てる場合は、叩き起こしてでも連れてこいってプロデューサーに言われたので、近くにいる人は叩き起こしてきてください♪〉

 

 工藤さんからグループ宛てに発信されていたメッセージ。ああ、これは酷い……。

 

「いやぁ、アタシは正確にプロデューサー達の言いつけを守っただけだけど?」

 

 工藤さんも巻き込まれては叶わないと、完全に先手を打ってきます。
 その言葉に怒りのぶつけどころを無くした奈緒ちゃんは「ああああ」と呪いのような呻きをあげました。

 

「奈緒ちゃんって、一度寝ると中々起きてくれないんだけど。よく起きてきましたね」

 

 それに同意する凛ちゃんも「無視すれば良かったんじゃ?」と返します。
 するとこれまで眠そうに揺れていたかな子ちゃんが、ゆっくりと手を上げました。

 

「は~い。奈緒ちゃんのお腹の上に座ったらすぐに起きてくれたんだよ~」
「か、かな子ちゃん、それは……」

 

 思わず声を失ってしまいます。相変わらず奈緒ちゃんからは地獄の底から聞こえるような呻き声が。奈緒ちゃん、かな子ちゃんが寝ぼけていたせいで酷い目にあっちゃったってわけですね……。

 

「あああ! 終わったことはもうどうでもいいんだよ! 何で呼んでおいて入れてくれないんだよぉ!」
「うわ、突然の怒り再燃!? いやほんと、もうちょっとだけ待ちなさいよ。ちゃんとしてる、ちゃんとしてるから」

 

 再び皆口さんに牙をむく奈緒ちゃん。
 これは完全に八つ当たりだぁ。触らぬ神に祟りなしって言うし、私も黙っていよう。
 と、そんな時ドアの向こう側から聞きなれた声が聞こえてきました。

 

「皆口さ~ん、そろそろ時間だって中村さんが言ってますよ~!」
「おお、ナイス金元ちゃん! もうこれ以上奈緒を食い止めておくのも限界だったわ!」

 

 やっぱり今の声は金元さんです。なんでこんな時間にまだ合宿所にいるんでしょう? それに耳を澄ませると微かに人の声が聴こえてきます。部屋の中には結構な人数が居るみたい。何をやってるんだろう。やっぱり打ち上げの準備なのかな。

 

「はいはーい、それじゃこれから明日へのカウントダウンね!」
「は”ぁ”!?」

 

 皆口さんの言葉にまるで不良がイチャモンをつけるように奈緒ちゃんが聞き返します。アイドルとしてさすがにどうなんだろう。
 そんな野犬化した奈緒ちゃんを、どうどうと押さえつける皆口さん。ちょっと可愛そうに思えてきます。

 

「お、重い……」
「うう、眠い」

 

 こっちはこっちで立ったまま寝てしまいそうなかな子ちゃんを必死で支える高森さん。
 そんな彼女を私と同じように、憐みの目で見ていた凛ちゃんと工藤さんでしたが、何かを思いついたように工藤さんが声をあげました。

 

「ん? ……あ! そっか! 忘れてた! 凛、明日って」
「明日? 明日って、あと何分だっけ……あ」

 

 何か凛ちゃんも気づいたみたい。なんなんだろ?

 

「渋谷さんも、工藤さんもやっとわかった? もうちょっと明日という概念を考えてほしいわ」
「いや、寝て起きると明日という認識の方が強いから」
「アタシもそれ。いやぁ、まさかあと数分の後の話をしているとは思わなかった」

 

 やっと話が通じたとばかりに皆口さんは安堵の溜息をもらすと、自分の腕時計を指先でトントンと叩きました。

 

「ほら、そうこうしてるうちにあと一分切っちゃったわよ?」
「ああ、んじゃまぁ……ほら、藍子。三村さんはアタシが支えるから」
「は、はい?」

 

 もはや完全に寝てしまっているかな子ちゃんを工藤さんが引き取ります。
 フリーになった高森さんはポカンとした表情。同じように状況がわからない、私と奈緒ちゃんも呆けた顔をするだけなんですけど

 

「あの、凛ちゃん、何かわかったんですか?」
「え? ああ、今日は……」

 

 と、凛ちゃんが口を開こうとした時でした。

 ガラガラガラッ!

 大きな音を立てて扉が開くと、中から現れたのは――

 

「ハッピーバースデイ、藍子!」

 

 うわ! クラッカーを片手に豪快に飛び出してきたのは、中村プロデューサー!
 その後からカメラマンさんやスタッフのみなさん、金元さんもわらわらと登場!

 

「ハッピーバースディ、高森さん!」
「ハッピーバースディ、藍子ちゃん!」
「高森さんお誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます! 高森さん!」

 

 大きな破裂音と共に、一斉にはじけとぶクラッカー!
 し、深夜なのにー!

 

「え?……え?」

 

 クラッカーから出た紙くずを頭に大量にかぶった高森さんは、目をパチクリとさせています。
 そんな呆然とする彼女の様子を、固唾を飲んで見守るみなさん。明らかに高森さんからのコメントを待つの姿は、エサを貰う前の子犬のよう。みなさんのお尻に尻尾が見えますって!
 一方の高森さんは完全に硬直してしまっていて。うわ……なんか既視感がすごいです。このプロデューサーの玩具にされちゃってる感じ。

 

「た、誕生日……なんですか?」

 

 私は高森さんがいたたまれなくなり、そう声をかけます。
 そんな私を見ながら彼女はコクリと頷きました。それを合図に沈黙を破ったのは工藤さんでした。

 

「あはは、まさかこういうことだったとはね! おめでと藍子! って重っ! 今のクラッカーでまだ目覚まさないの三村さん!?」
「ふふ、おめでとう、藍子。十六歳だね」

 

 二人の祝福の言葉にやっと状況を理解しはじめた高森さんは、その瞳を次第に潤ませていきました

 

「あ、あの、みなさん、ありがとうございます! 私のために、ありがとうございます!」

 

 高森さんの言葉と共に歓声が巻き起こります。
 中村プロデューサー達に肩を押されて教室の中へと連れていかれる高森さん。
 ああ、これはおめでたいですね。でも……。

 

「なぁ、響子。なんか私たち置いてきぼりじゃね?」
「は、はぁ……」

 

 ビッグウェーブに乗り遅れてしまった私と奈緒ちゃん。
 そしていつの間にか、皆口さんによって支えられてるかな子ちゃん。
 廊下に残された私たち星空組の面々は、それぞれが困惑を隠せない顔つきになっていました。

 

「なぁ、皆口さん」
「ものすっごい不機嫌そうな顔ね、奈緒」
「ねぇ、皆口さぁん……」
「響子までそんな恨めしそうな目で……。仕方がないじゃない。中村くんから黙ってるように言われたんだし。私だって被害者なの、被害者」

 

 そう言う皆口さんが、かな子ちゃんのほっぺをつねります。八つ当たりの連鎖ですね、これは。

 

「ひゃ!?」

 

 びっくりしたように飛び起きるかな子ちゃん。
 そのままキョロキョロと周りを見ます。あ、よだれが……。

 

「あ、あの。え? あ、おはようございます!」
「はい、おはよう。かな子、自分で立てる?」

 

 皆口さんから離れたかな子ちゃんが、教室の中からおもむろに流れてくるバースディソングの合唱にビクッっとします。

 

「え、これ何が起こってるんですか?」

 

 その質問に私と奈緒ちゃんは、大きくため息をついたのでした。

 


 


 あれから三十分。
 お酒の入ったスタッフのみなさんはヒートアップ。酔っ払いと化した中村プロデューサーの奏でるギターで、奈緒ちゃんと工藤さんはカラオケモードでどんちゃん騒ぎ。
 かな子ちゃんはというと、起きたてだったのに高森さんの誕生日ケーキをガツガツと食べてしまった結果、また机につっぷして寝てしまいました。こんな時間にあんな食べて大丈夫なんでしょうか。……でも、あの幸せな寝顔を見てると、その心配も余計なお世話かもしれません。
 あと、皆口さんと凛ちゃんはずっと話し込んでいます。あの二人が一緒に居るのは、なんか不思議な感じです。

 それにしても――

 

「ホント、完全に乗り遅れちゃった」

 

 中村さんの生ギター演奏で、全力のカラオケを楽しむ奈緒ちゃんが羨ましいです。さっきまで乗り遅れ組だったのに、なんという環境適応能力。
 しかも工藤さんと一緒に唄っているのは、ニューカミングレースのメドレーときたもんです。今も『星が瞬くこんな夜に』を熱唱中。無礼講もいいところですよ。
 そんなわけで、私はチビチビとオレンジジュースを飲みながら、教室の隅で椅子に座り、みんなの様子を眺めています。ほんの三時間前まで、神社でライブをしてたんですよ。それがこんなことになってるとは、波乱万丈すぎませんかね?
 それにこのパーティー、半分は私と凛ちゃんの初ライブの打ち上げなわけで。なんか高森さんもいいように出汁にされちゃった感もあるし。いいのかなぁ……。

 

「ここ、いいですか?」

「え?」

 

 とめどめなく流れる思考を一旦停止して言葉のする方を見ると、そこにはもみくちゃにされて髪の毛がボサボサになっている高森さんが立っていました。

 

「あ、ど、どうぞどうぞ」

 

 椅子を一つ引き彼女に席を勧めます。そこにゆっくりと腰を下ろした高森さん。それは優雅というよりも「どっこいしょ」と言った感じで。ああ、これは完全にお疲れモードだぁ……。

 

「あの、高森さん。お疲れですね」
「ふはぁぁ、五十嵐さんありがとうございます~」

 

 やっとわかってくれたと言わんばかりの高森さんの笑顔。
 またもや既視感。ああ、これきっと高森さんも部署では私と同じポジションなのかも。
 それにこのお疲れの感じはひょっとして、

 

「あ、あの。ごめんなさい、私と凛ちゃんのライブ打ち上げと一緒にされちゃったみたいになっちゃって……」

 

 高森さんに頭を下げます。だってせっかくの記念日なのに、なんだかうやむやな感じになってるのを見ると申し訳ないですもん。

 

「あ……、ふふ、あはは、ありがとう五十嵐さん」

 

 逆に感謝されてしまいました。でもどうして?

 

「せっかく凛ちゃんと五十嵐さん、二人のライブの後だったのに、私こそしゃしゃり出てきた感じになっちゃってごめんね、って言いに来たんですよ」
「え!?」
「なんだかお互い……大変みたいですね」

 

 そういってクスクスと笑う高森さん。
 ああ、こういう所までポジションが同じとは。私も笑いがこみあげてきちゃいました。

 

「そうだ、あらためて、五十嵐さんも初ステージおめでとうございます」

 

 深々とおぎじをする高森さん。ちょ、ちょっとやめてくださいよぉ!

 

「いえいえ! 私なんか凛ちゃんの足を引っ張るだけで、大したことできてませんけど!」
「そんな事ないですよ。すごく素敵なライブでした。凛ちゃんがあんなに楽しそうに歌うの、私だってはじめて見たんですから」

 

 ……え?
 楽しそうだった? 凛ちゃんが?

 

「凛ちゃんはいつも完璧なパフォーマンスでステージで見せてくれます。でも、あんまり楽しそうって感じはしないんですよ」

 

 そう言いながら高森さんは、少し離れた場所で皆口さんと話す凛ちゃんを見つました。

 

「勿論本人がどう思ってるかとかはわからないので、私もあまりそうだと決めつけるのは悪いと思うのですが……」
 
 なんだか色んな想いがその瞳にはこめられてるかのような。

 

「五十嵐さん。あと二週間、凛ちゃんをよろしくお願いします」
「ふぇ!?」
「凛ちゃんはこの合宿で、私や忍ちゃんと一緒じゃ得ることの出来ない何かを掴んだんだと思います。……正直ちょっと悔しいです」
「……」

 

 私には凛ちゃんと同じステージに立てる力量を持つ、工藤さんや高森さんが羨ましく感じられました。だから力のない私が彼女の隣に立つには、友達として私と一緒である時間を楽しんでもらうしかないと思ったのです。
 でも――

 

「私は……私は、凛ちゃんの友達です。あ、違います。友達になったつもりでいます」
「う、うん? そこは自信を持っていけばいいんじゃないですか?」
「あ、そ、そうですね。凛ちゃんの友達です」

 

 そこで一旦言葉を区切り、心を落ち着かせます。

 

「私は、凛ちゃんの友達として一緒に楽しめればいいと思っています。でも、凛ちゃんは私と一緒にいて楽しむ事はできても、何か得るものはあったりするんでしょうか? 私はこんなにも色んな事を、凛ちゃんから教えてもらっているのに」
「んー……」

 

 高森さんが私の言葉に考え込みます。
 それは答えを探してる感じではなく、どう伝えていいのかわからないもどかしさに悩んでいるかのようです。

 

「えと……」

 

 そして何かを必死に絞りだかのように、高森さんは答えてくれたんです。

 

「何かをあげたり、もらったり。勿論それは大事な事だと思います。私や忍ちゃん、凛ちゃんの関係はそれで……持ちつ持たれつで成立してると言えますし」
「……はい」

 

 ニューカミングレースのみなさんの関係を見れば、それがよくわかります。お互いの足りない部分を上手く埋めあい、そしてそこから学んでいるような。
 だから、私も友達としてただ凛ちゃんを笑わせてあげるだけじゃなく、彼女の役に立ちたいって。

 

「でも……私、思うんです」

 

 ニコりと笑い私を見る高森さん。

 

「友達って、何かを『分かち合う』ものなんじゃないかなって」
「え?」

 

 分かち合う?

 

「凛ちゃんと五十嵐さんの関係はきっとそれだと思うんです」
「……ごめんなさい、よくわからなくって」
「そ、そうですか」

 

 しょんぼりしてしまう高森さん。
 ああ、そういうつもりではなかったんですが!

 

「ご、ごめんなさい、私あんまり察しがよくないみたいで!」
「いえ、私も適切な言葉で答えてあげれなくて、ごめんなさい」

 

 あああ、そんな悲しそうな顔されるとますます罪悪感が!
 でも……分かち合う、ですか。
 私と凛ちゃんは一体何を分かち合っているんだろう。

 

「さっきから二人で内緒話?」

 

 と、高森さんの両肩に手を乗せるたのは――
 
「あ、凛ちゃん。皆口さんとのお話しは終わったんですか?」
「え? ああ、うん……」

 

 凛ちゃんは何故か照れたように私から視線を逸らしました。
 え、何? なんでそんな気まずそうな顔するんですか!?

 

「凛ちゃんどうかしたんですか?」 

 

 私の変わりに高森さんがそう尋ねると、凛ちゃんは自分の前髪を指で弄りながら「別になんでもない」と素っ気なく答えました。
 な、何、その仕草。気になる!

 

「おーい、そっちでしみじみしちゃってるお二人さん! こっち来て一曲どうだ!?」

 

 大きな声で私と凛ちゃんを呼ぶ中村プロデューサー。手にしたギターを掲げ、さっさと来いと言わんばかりの豪快な笑い。
 凛ちゃんは、一度溜息をつくと私へと手を差し出してきました。
 いや、だからなんでそんな顔を赤くして……。

 

「響子、一緒に唄ってくれるかな」
「は、はい。喜んで……って、ん?」

 

 唄ってくれるかな?
 なんで頼んでくるんでしょうか。一緒に唄おうでいいと思うんですが。

 

「いや、えーと……とにかく行こう!」
「うわ!」

 

 凛ちゃんは強引に私の手を取り立たせます。
 な、何事、こんな凛ちゃん初めてでビックり!

 

「あ、ごめん……」
「ううん、でもどうしたんですか」

 

 すると凛ちゃんは再び目を逸らします。
 むぅ! これじゃにっちもさっちもいきませんよ!

 

「りーんーちゃーん!」
「うっ……」

 

 私の声に怯む凛ちゃん。な、なんか異様に弱々しいんですが、大丈夫ですか!?
 すると彼女は、藍子ちゃんを見た後に、気まずそうにこう言いました。

 

「いや、二人が楽しそうだったから、私も……入れてほしいなって……」
「へ?」
「はい?」

 

 間抜けな声を出したのは私だけじゃなく、高森さんも一緒でした。
 これって凛ちゃん、もしかして……妬いてる?

 

「ぷっ」

 

 口に手を当て肩を振るわせだす高森さん。その姿に、凛ちゃんは耳まで真っ赤になってしまい。

 

「ちょ、何が面白いの藍子!」
「いえ……ふふっ、あは、あははは!」
「……もう。ほら響子、唄おう?」

 

 いってらっしゃい、と手を振る高森さんに軽く頭を下げ、凛ちゃんに引きづられていく私。

 

「凛ちゃん?」
「ごめん……。なんかさっきのライブが忘れられなくて……」

 

 あっ……。
 そっか。そうだったんですね。
 私たちは確かに友達として分かち合ったものがあったんだ。

 

「……ふ、ふふ」
「なっ、響子まで笑わないでよ!」

 

 珍しく感情を露わにする凛ちゃん。もうその姿が可愛くって可愛くって。私は思わず凛ちゃんの腕に抱き着いてしまいました。

 

「!?」
「あ、あはははは! 凛ちゃん、一緒に唄おっか!」
「いや、だから、さっきからそう言ってる! てか、くっつかない!」
「照れちゃってる? ねぇ、凛ちゃん照れちゃってる!?」
「~~~!」

 

 私たち二人の様子に、まわりのみんなもハジけたかのような歓声をあげます。
 そうだ、私たちのライブはまだ終わってない。
 あの時始まったライブは八月十日、私と凛ちゃんの誕生日まで続行中なんだ!

 

「唄おう、凛ちゃん! 大きな声で! ありったけで!」
「……うん!」

 

 私と凛ちゃんの分かち合っているもの。
 それは、今というこの「時間」。

 

「よーし、ノリノリな二人に命令だ!」

 

 中村プロデューサーがそう言うとギターを奏でます。
 ああ、この伴奏は! アレンジがバリバリに入っちゃってるけど、私たちの!

 

「せっかくの藍子の誕生日、一曲プレゼントしてやんな!」

 

 中村プロデューサーの言葉に私達は元気よく「はい!」と答え、教室の真ん中で高森さんへと向きなおします。
 私たちに向かってパチパチと手を叩く高森さん。その満面の笑みは、きっと二週間後の私と凛ちゃんの姿。
 だから、まずは今この時からのカウントダウン。
 唄おう、凛ちゃん!
 そう目で合図をすると、凛ちゃんはこれまで見た事もなかった憂いの表情で頷きました。

 

「いくぞ、ワン、ツー……」

 

 中村さんの掛け声に合わせて大きく息を吸い込み、そして――

 

『Happy birthday to you!』
『あなたがここに生まれてきてくれありがとう!』

 

 

 


 私、五十嵐響子です。右上でまとめた長い髪がトレードマークだったりします。
 ちょっと妹と弟は多いかなって感じですが、それ以外はいたって普通の女の子です。
 お掃除とお料理が大好きで、自分で言うのもなんですが中々の腕前なんですよ?
 学校の成績や運動能力は、まぁ一般的かな。あ、でもちょっと絵は苦手かも……。
 そんな感じで、中学生までの私は本当にごくごく普通の女の子だったんです。
 そう中学生までは。
 でも色々ありまして――

 

 今、友達と一緒にアイドルやってます!

第十二話 了

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