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第四話

「ふっ、ふっ……。五十嵐さん、こんな感じでいいかな?」
「どれどれ……。うわぁっ、渋谷さんすごく飲み込みが早いです! その調子でお願いしますねっ!」
 

 時刻はお昼の十二時を回る少し前。
 今日はたまたまお弁当が手配できなかったらしく、午前のボーカルレッスンを少し早めに打ち切って、朝晩同様昼ご飯も二人で作ることになった。
 さんさんとした夏の日差しが家庭科室に降り注ぐ中、ジャージの上に青いエプロンをつけた私は調理台に立って、目の前のボールに放り込まれたいくつかの蒸しジャガイモと格闘していた。
 マッシャーと言う調理器具を使って、ジャガイモを粗めに潰すのが、今の私に与えられた仕事だ。
 それらの皮は五十嵐さんの料理テクニックによって、どれも綺麗に剥かれている。
 彼女曰く、

 

「あらかじめ包丁で浅い切れ目を入れておいたジャガイモを、ラップに包んでレンジで数分加熱した後、冷水に入れて冷やすんです。そうすれば皮むき器を使わなくても、手で簡単に蒸したジャガイモの皮を剥くことができるんですよっ」

 

 とのことらしい。
 その五十嵐さんは私の横で、包丁でトントンと小気味良い音を立てながら、キュウリを丸々一本薄切りにしている最中だった。
 彼女も私と同じように、ジャージの上に赤いエプロンをつけているものの、はっきり言って彼女の方が、ずっと様になっているというか。
 まな板に並んだ薄切りキュウリを、慣れた手付きで別のボールに移すと、今度は鼻歌交じりでそれに塩を揉み込んでいく。
 その姿に半ば呆然としながら、私はポケットから青いカメラを取り出して、目の前の五十嵐さんにレンズを向け、シャッターを切る。

 

 しゃららん。

 

「わっ、びっくりしたっ」
「あぁ、ごめん。あまりにも絵になってたから、つい」
「そ、そうですか?」
「うん。なんかすごく、楽しそうだったし」

 

 短く言葉を交わしてから、再び目の前のジャガイモへ目をやる。
 五十嵐さんによると、無理に力を込めるよりも、蒸したジャガイモの柔らかさを残す程度の力で潰した方が、食べたときの口当たりが良くなるそうだ。
 あんまり料理なんてしたことないけど、作る人はそこまで考えてくれているのかな。

 ジャガイモが一通り潰れたのを確認してから、

 

「五十嵐さん、とりあえず出来たよ」
 

 と声をかける。
 五十嵐さんはボールの中を覗き込み、

 

「はいっ、OKです! すごく上手にできてます。ありがとうございましたっ!」

 

 そう言って、私に屈託のない笑みを向けてくれる。

 

「まぁ、うん。というか、上手も何も、ジャガイモ潰しただけだし」
「そんなことないですよっ。こういう作業ひとつ取っても、丁寧にできる人とそうでない人がいるんですから。うちの弟なんて、何度教えても全然ダメで……」
「ふーん。私、弟さんと比べられちゃってるんだ」
「あっ! ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃ……」


 少ししゅんとした五十嵐さんを見て、私はとうとう堪えきれずに、ふふっと笑いを漏らしてしまう。
 

「ごめんごめん。五十嵐さんが、あまりにも女の子らしいこと得意だからさ。ちょっと意地悪したくなっちゃって。で、次はどうすればいいんだっけ?」
「あはは……。じゃあ今度は、このポテトとキュウリをへらで混ぜてください。調味料は、この粒マスタードを大さじ8杯分。こっちのはちみつは、大さじ4杯分をお願いします」
「うん、わかった」

 

 私が言われた手順をこなす間に、五十嵐さんはさっき買ってきた食パンの耳を、パン切りナイフで綺麗に切り落としてから、別の器に取り分けていた。

 

「それ、どうするの?」
「これは後で、またちょっとしたものを作るのに使おうと思ってるんです」

 

 パンの耳の入った器にさっとラップをかけると、今度は耳の取れたパンに、冷蔵庫から取り出したバターを丁寧に塗り広げていく。
 こうして見ていると、手間取りそうな作業は全部五十嵐さんがやってくれていることがわかる。
 それも、こっちが見惚れてしまうほど、流れるようにてきぱきと。

 

 はぁ……。
 実際に共同生活を始めてみるまで、こういう展開が待ち受けているとは、思ってもみなかったな。
 私たちはステージの上で歌って踊る、アイドルをやっているのに。
 まさか、女子力の差に打ちのめされるなんて。
 初日にした買い物の時点で、五十嵐さんの家事全般における手際の良さは、なんとなくわかってはいたものの。
 こうして埋まらない差を毎日見せ続けられるのは、かなりつらいものがある。
 五十嵐さんは五十嵐さんなりに、すごく一生懸命頑張ってくれているし、そこには何の不満もないのだけれど。

 

『はっはっは! 346のトップアイドル渋谷凛さんも、一女子としては断然実力不足みたいだなぁ!』

 

 頭の中に、中村プロデューサーが笑っている光景が浮かんでくる。
 もしかしたら、こうなること含めてプロデューサーの思惑通りだったのかもしれない。
 ……ほんっと、悪趣味。
 何もかも、あのプロデューサーが悪いんだ。

 

 ずちゅっ。
 ずちゅっ。

 

「あのぉ、渋谷さん? そんなに力を入れて混ぜなくても……」
「ん? ああぁーっ!!」

 

 

 

 

「ごめん五十嵐さん。私、弟さん以下だったね……」
「だ、大丈夫ですよ! 味はさっき確認しましたけど、ちゃんと美味しくできてましたし……」

 

 テーブルの上には、今現場にいるスタッフさんにおすそ分けする分も含めた、私たちの昼食がある。
 メニューは、ポテトサラダサンドイッチ……なのだけど。
 私のせいで、五十嵐さんによって綺麗に切られたはずのキュウリは、随分と無残な姿に変わり果ててしまっている。

 

「おっ。二人の分のお弁当がないとは聞いてたけど、サンドイッチを作ってたのか!」

 

 家庭科室にやってきたのは、ここで私たちを撮影してくれるカメラマンさんだった。
 私たちが料理をしているところは、昨日も一昨日も撮っているし、今日のメニューは出来るまでのお楽しみということで、わざわざしばらくの間、二人きりにしてもらっていたのだ。
 

「そうなんです。渋谷さんと私で作ったんですよ! あっ、忘れるところでしたっ」

 

 五十嵐さんはそう言うと、ポケットから赤いカメラを取り出して、サンドイッチに向けてシャッターを切った。
 彼女は人よりも、物や風景を撮影することの方が多いみたいだ。
 記念の意味も込めてなのか、作った料理も初日から、ずっと撮影し続けている。

 

 しゃららん。

 

 うぅっ。さっき五十嵐さんのこと不意打ちで撮っちゃった分が、返ってきたのかな……。
 五十嵐さんに悪意はないだろうけど、やっぱり自分が失敗したものを、撮って残されてしまうのは、かなり恥ずかしいものがある。

 

「スタッフさんの分も作ったので、是非みなさんで食べてくださいねっ」
「ありがとう響子ちゃん。みんなで美味しくいただくとするよ」
「あっ、でもごめんなさい。今日は私が具材を混ぜるの、ちょっとだけ失敗しちゃって……」

 

 えっ? それって、私の――。
 カメラマンさんは、五十嵐さんのほんの少しだけ困ったような笑顔を見ると、

 

「へぇ。響子ちゃん料理上手だって聞くけど、失敗しちゃうこともあるんだなぁ。じゃあ、これスタッフの控え室に持って行かせてもらうから!」

 

 そう言い残して、家庭科室から出て行ってしまった。

 

 気まずい静寂が室内を包む。
 ほんと、何やってんだろ私。
 こんなことまで五十嵐さんに気遣わせて。
 どんなにアイドルとしてすごくても、普段の生活がこの調子じゃ、愛想を尽かされてしまうのも時間の問題だ。

 

「あの、なんていうか。ほんと、ごめん……」
「いいんですよ! 誰だって失敗しちゃうことくらいありますし。それに、今の私が渋谷さんに出来ることと言ったら、これくらいしかありませんから。とりあえず、私たちもお昼ご飯、食べちゃいましょうっ」
「そうだね……。この後も、レッスンあるし。それじゃ、いただきます」
「いただきますっ!」

 

 とにかく気を取り直していこう。
 せめてレッスンだけでも、アイドルの先輩として私が引っ張っていかなきゃいけないんだ。
 サンドイッチを一切れ取って食べてみると、確かに味は悪くない。
 これに食べごたえが加われば、きっともっとおいしくなるはずだったのに。

 

「うん、やっぱりちゃんと美味しい! 辛さもまろやかさもちょうどいいですし、これならスタッフさんたちも、きっと喜んでくれてるはずですよ!」
「そうだといいんだけど」
「そうに決まってます! はい、お水どうぞっ」
 

 本当に気が利く子なんだな、この子って。
 水が注がれたコップをぐいと掴み、何も言わずに一気にそれを飲み干してから、私は自分でもわかるくらい強い目つきで、五十嵐さんの方を見る。

 

「五十嵐さん」
「は、はい!?」
「午後からは、私も"やる"よ」
「そ、そうですか……。わかりました、うぅ……」

 

 どこか怯えたような表情の彼女に気付くこともできないまま、私はアイドルとして、次のレッスンへと闘志を燃やしていくのだった。

 

 

 

 

「ワンツースリーフォー! ファイブシックスセブンエイト! 渋谷、そのテンションを維持していけ! 五十嵐、今のステップまた怪しいぞ!」
「はい!!」
「はぁ、はぁ……」

 

 体育館でのダンスレッスンが始まってから、既に三時間が経とうとしている。
 合宿も三日目。
 環境に慣れてきたこともあって、メニューの内容はいよいよ本格化してきた感じだ。
 適度な休憩と水分補給を挟みながらとはいえ、七月の体育館の暑さは、普段346で使っている、空調の効いたレッスンルームのそれとは比べ物にならない。

 

 今回のライブで歌う曲のテンポからして、激しいダンスが何曲も続くことはないと思う。
 それでも真夏に野外ライブをするというのだから、相当な持久力が要求されるだろう。
 たとえ緩やかなダンスでも、高い気温の中で何曲も続けて歌いながら踊れば、ライブの後半にはかなりの疲労感が全身を襲ってくる。
 あらゆる状況に対応するためには、少しでも引き出しを増やしておくに越したことはない。
 特に五十嵐さんは、アイドルとして絶対的に場数が足りていない。
 なら、質と量の両方含めて、どれだけのレッスンをこなせたかが、そのまま本番での自信に繋がるはず。
 様子を見る限り相当辛そうだけど、なんとかここは乗り越えてもらわないと――。

 

「はぁ、はぁ……あっ!」
「えっ!?」

 

 次の瞬間、左側からの衝撃と共に、大きな音を立てて床に叩きつけられた。
 最初は何が起きたのかわからなかったが、ゆっくり目を開けると状況がすぐに理解できた。
 どうやら五十嵐さんがターンでバランスを崩して、横にいた私の方へ倒れ込んできてしまったらしい。
 

「二人とも! 大丈夫か!?」

 

 トレーナーさんが大きな声を出して駆け寄ってくる。

 

「つつ……」

 

 そう呟きながらなんとか身体を起こすと、

 

「ご、ごめんなさい渋谷さん! 大丈夫ですか!?」

 

 と、五十嵐さんの心配そうな声も耳に入ってくる。

 

「うん、平気。どこも変な痛め方はしてないみたい。やたら派手な音はしたけどね。五十嵐さんこそ、大丈夫?」
「私も、大丈夫みたいです。あのっ! 本当に、本当にすみませんでしたっ!!」

 

 体育館中に響き渡るような、大きな声。
 トレーナーさんは、はぁと溜め息を漏らしながら、私たちに、

 

「……渋谷はともかく、五十嵐は少し追い込み過ぎたかもしれないな。よし、今日のダンスレッスンはここまでにしておこう。私は今日の経過を、皆口さんに報告してくる。二人とも、クールダウンは、ちゃんとやっておけよ」

 

 と、レッスン終了を宣告する。

 

「わかり……ました」
「……はい」

 

 今の私たちにできる、精一杯の返事。
 夏の暑さによって、ぼやけた何かへと変えられたそれは、広い体育館の中へと溶けて消えた。

 

 

 

 

 トレーナーさんがいなくなった後も、五十嵐さんは体育座りで床にしゃがみ込んだまま、立ち上がることも、顔を上げることもできずにいた。
 結果的に何ともなかったとはいえ、私に怪我をさせそうになったのが、よほどショックだったのだろう。
 縮こまってしまった背中が、見ているだけでも痛々しい。
 このままにしておいちゃいけない。
 何か、言ってあげなきゃ。
 ここまで散々、面倒見てもらってるんだから。

 

「あの、さ。さっきも言ったけど、私は平気だから。そんなに、気にしないで」
「……」
「私だってこの三日間、五十嵐さんにはたくさんお世話になったし、迷惑だってかけっぱなしだし」
「……それは、私も同じです。アイドルとしては、渋谷さんの足引っ張ってばっかりで。だからせめて、他の事だけでも頑張ろうと思って」

 

 あぁ、やっぱり五十嵐さんも私と同じなんだ。
 できないことを埋め合わせるために、自分の得意なことを頑張って。
 でもそれだけじゃ、私たち二人は一歩も前へ進めなくて。
 そう思って、できないことも頑張ろうとすればするほど、空回りを繰り返してしまう。

 

「変だよね。普通、長所と短所がはっきりしてる二人がいたらさ、それぞれの苦手なところを補い合って、上手くやれそうだと思わない?」
「私も最初は『そうなるといいな』なんて思ってました。でも、なんだかダメですね。お互いの強みに、寄りかかっちゃうっていうか。こんな風になるなんて、正直思ってもみませんでした」
「私もそう思うよ。ほんと、どうしたらいいんだろうね私たち」

 

 何かを諦めたかのように、二人で顔を見合わせて、ふふふっと笑いあう。

 

「ほら、立って。手、貸すよ。部屋戻って、それからシャワーでも浴びて頭冷やそう」
「ありがとうございます」

 

 私はすっと右手を差し出す。
 五十嵐さんはおずおずと、それを握り返してくれた。
 お互い眉毛はハの字だけど、そこには確かに笑顔があった。
 胸の中に甘酸っぱく広がる、『こんなはずじゃなかったのに』。
 でも、今は不思議とそれが心地良い。
 今私たちの気持ちは、初めてひとつになれたのかもしれない。

 

「あらあら、ちょっと見ない間になんだかいい雰囲気になっちゃって」

 

 声の方向、体育館の入口を振り返る。
 そこにいたのは皆口プロデューサーだった。
 彼女はタッパーに詰められた何かを食べながら、私たちの方をニヤニヤと見つめている。
 一体、何を食べているんだろう……。

 

「あぁーっ! 皆口さん! それ、私が今日の夜スタッフさんに配ろうと思ってた、パン耳シュガーラスク! 何ひとり占めしてタッパーごと食べてるんですかー!?」

 

 皆口さんを一目見るなり、五十嵐さんはすっかり気勢を取り戻した……いや、強制的に取り戻させられたと言うべきかもしれない。
 お昼ご飯の後、私がお皿を洗ってるときにオーブンの前で何かしてたけど、あの時に作ってたのはあれだったんだ。
 

「ごめんごめーん。家庭科室に響子の作ったものないかなーって物色してたら、これが目に入ったから、つい」
「もぉー……。またそうやって甘いものばっかり食べて、太っちゃっても知りませんからね!?」

 

 五十嵐さん、まるで年下の女の子を叱っているみたいだ。
 ただ、皆口さんも皆口さんで負けてはいない。

 

「ふーんだ。どうせ私はアイドルじゃないから、多少太ったっていいんだもーん。あと、それを言うなら私よりかな子の方が先でしょ?」
「うっ。そ、それは……」

 

「それよりなになに? 今、ちょっとはお互いのことわかってきたーって感じだったじゃないの」


 と、再びさっきのニヤニヤした表情を見せる。
 

「皆口さん、一体いつから私たちのこと見てたの?」
「渋谷さんが傷心の響子にぎこちなく、『あの、さ』って声をかけるところからだけど?」
「つまり、全部見てたってことじゃないですかぁーっ!」
「むっふっふー♪ まぁそれはいいから、ここまでの経過報告をしなさい。アイドルはプロデューサーに、それをする義務があるのっ」

 

 うっ、わかった。
 このいやらしい目つき、中村さんと同じなんだ。
 顔やスタイルは小柄でかわいらしい感じなのに、人種としては一部彼と同類なのかもしれない。
 ほんとこの人たちは、年頃の女の子のことを、自分たちのいいオモチャくらいにしか思ってないんじゃないかな。

 

「まぁ、さすがに三日も一緒に過ごせば、思うところの一つや二つ、出てくるっていうか」
「でしょう!? さすが渋谷さん! どんなこと思ったのか、お姉さんに詳しく話してみてよぉ!」
「さすがにもうお姉さんって年じゃ……」
「響子ー。明日のレッスンメニュー、倍にしてもいいのよー?」
「何でもないですっ! 何でも……」

 

 ある意味この人、中村さんより敵に回すと恐ろしいかも……。
 ここは変に逆らわない方が、身のためかもしれない。

 

「そうだね。さっき五十嵐さんも言ってたけど、やっぱりなかなか上手くいかないことの方が多いかな。お互いがお互いに持ってないものを持ってると、逆に自分の持ってないものを毎日見せつけられてる感じもするし」
「だからって、出来ないことを頑張ろうとすると、益々差を感じてしまって」 
「なんていうか、今日は悪いところが全部出た気さえするよね」
「午前中のボーカルレッスンも、私全然上手くできませんでした。『あいのうた』でしたっけ? あの曲すごく難しくて……」

 

 皆口さんはうんうんと頷いてラスクを食べながら、楽しそうに私たちの話を聞いている。
 面白い話をしているつもりは、全くないんだけどな。

 

「まぁ、『あいのうた』は頑張ってもらうしかないわね。関くんに思いっきりすごいの一曲ちょうだいって言っちゃったし。あははは」
「関、くん……?」

 

 この間は五十嵐さんが、有浦柑奈さんの曲に驚いていたけれど、今度は私が驚く番だった。

 

「あの、皆口さん。その人、もしかして……!」
「えぇ、そうよ。高垣楓をプロデュースしてる彼。ほんっと関くんに高垣さんってもったいないわよね! 中村くんに渋谷さんと同じくらいもったいないわ! どうしてああもわけのわからない男のところにばかり、すごい子が集まってくるのか……」

 

 はっとした表情をしている私に気付いた皆口さんは、

 

「あれ? 数日前に楽譜チェックしたとき、気づいてたのかと思ってたけど」

 

 と不思議そうな顔で問いかけてくる。

 

「作詞作曲の人、普段はあんまりチェックしないようにしてるんだ。誰が書いてるかとか気にするよりも、目の前にある曲に私がどう向き合うかが大事だと思うし。でも、まさか……」

 

 楓さんのプロデューサーが作ってくれた歌を歌える。
 そう考えただけでも、思わず武者震いがしてしまう。
 関プロデューサーは数年前、新人だった高垣楓と共に、今の346の基盤を作った人として知られている。
 実力は言わずもがな折り紙付き。
 うちの中村さんにも肩を並べられるほどの凄腕だと言う。
 そう思うと、そんな人たちを「くん付け」で呼ぶ皆口さんって一体……。
 

「私、他の部署のプロデューサーさんにはあんまり詳しくないんですが……。そんなすごい人の作った曲、私なんかが歌えるんでしょうか? まして、渋谷さんと一緒になんて」

 

 五十嵐さんは不安げな様子を見せる。
 彼女の言う通りだ。
 いくら私のモチベーションが上がろうと、それで五十嵐さんを置き去りにしたら、結局今日の二の舞になってしまうのは目に見えている。
 皆口さんはラスクを食べる手を止めて、ごほんと一つ大袈裟な咳払いをしてみせてから、やっと真面目に話を始める。

 

「そうねぇ。アクエリオン、ってユニット知ってる? プロジェクトヴェスパーの。ちょうどさっき話してた、関くんの部署のペアユニットなんだけど」
「あぁ、知ってる。神崎蘭子って子とナターリアって子の」
「デビューしたの、私とそんなに変わらない頃だったと思いますけど、最近色んなところで名前聞きますよね」


 二人で顔を見合わせていると、皆口さんがさらに説明を付け加えてくれる。

 

「あの子たちもあなたたちと同じ、同い年の二人によるユニットなの。神崎さんはボーカルに優れていて、ナターリアさんはダンスに優れているの。二人はお互いの持っていないものを、相手からどんどん吸収することで、アイドルとして確実に力をつけている」

 

 じゃあ、どうして私たちは上手くいかないのだろう。
 この様子だと五十嵐さんも、私と同じように、答えは出ていないように見える。

 

「渋谷さんと響子の場合は、得意なフィールドが違いすぎるのが問題ね。アイドルと生活能力じゃ、切磋琢磨のしようがないもの。正直言ってあと一ヶ月足らずじゃ、プレイアデスの五十嵐響子は、ニューカミングレースの渋谷凛には追いつけない。逆に素の渋谷凛は、生活能力で五十嵐響子には追いつけない」

 

 この三日間、嫌というほど味わったことを掘り返さなくてもいいのに……。
 ただ、それならそれでこっちにも言い分は出てくる。

 

「でも、それはユニットを組む前からわかってたことでしょ? プロデューサーたちにも多少の責任は、あると思うんだけど」
「そうですよ! やっぱり渋谷さんとアイドルやるなんて、一ヶ月じゃ無理ってことなんじゃないですかっ!」

 

 そんな反論はお見通し、と言わんばかりの表情の皆口さんは、こちらにウインクをしながら人差し指を立てて、再び話し出す。

 

「二人とも、話はちゃんと聞くように。私は今『プレイアデスの五十嵐響子は、ニューカミングレースの渋谷凛には追いつけない』と言っただけよ?」
「……! なるほどね」
「えっ? 何が『なるほど』なんですか?」

 

 私はその言葉の意味に、すぐピンと来た。
 でも、どうやら五十嵐さんの方はまだ気づいていないようだ。
 私だって最初に中村さんからああ言われていなければ、今の状況に飲まれたままだったと思う。
 実際この三日間は、慣れない環境での共同生活とレッスンを成立させるので精一杯だったから、そんなことまで全然気が回っていなかった。
 つまり、今私たちに求められていることは――。

 

「私たちがやるべきことは、今の私たちにできるユニットの形――つまりユニットのコンセプトを見つけること」
「あっ……!」
「ピンポンピンポーン。さて、正解もわかったところで」

 

 皆口さんは五十嵐さんに、ラスクの入ったタッパーをひょいと押し付けて、くるりと踵を返す。

 

「あとはあなたたち次第。じゃあ、頑張ってね~」
「ちょ、ちょっと皆口さんっ! そのコンセプトを考えるのが、プロデューサーの仕事なんじゃないんですかぁっ!?」
「それを『あなたたちに見つけてもらう』のが、今回のコンセプトなのよ~。楽曲と舞台は用意したんだから、後は自分たちでなんとかしてみなさ~い」

 

 五十嵐さんの呼びかけも虚しく、皆口さんはそのまま体育館から出て行ってしまった。
 どうやら今日はこれ以上、直接ヒントを貰うことは期待できそうにない。
 しんと静まり返った体育館の中で、私たち二人はぽつんと立ち尽くす。

 

「私たちのユニットコンセプト、か」
「うーん、そうは言われても……」

 

 気持ちは私も同じだった。
 どうすればいいのかはわかっても、実際に向かうべき方向性が何も思いつかないんじゃ意味がない。
 考えてみれば、私たちまだユニットの名前も決まってないや。

 

「とりあえず、パン耳ラスクでも食べましょうか。まだ三分の一くらいは、残ってますし」
「そうだね、一本貰うよ。……うん、これおいしい」
「そうでしょう? 食パンの耳を半分に切って、オーブンで焼いてから、マーガリンとグラニュー糖をつけて、もう一度焼くんです。お手軽なのにおいしくて、おやつにはぴったりなんですよっ」

 

 レッスンで疲れた身体に、甘いものが染み渡っていく。
 材料はなんてことないものなはずなのに、こんな風においしくできるなんて。
 せっかくだし、もう一本貰おうかな。
 そう思って、タッパーに手を伸ばすと――。

 

「ん? なんだろうこれ。何かの筒?」
「あれ、本当ですね。私、こんなの入れた覚えないんだけどなぁ」

 

 気になったそれを手に取って、くるくると広げてみると、その正体は数センチサイズのメモ用紙だとわかる。

 

 

『合宿所の裏手に神社あり ユニット活動のヒントになるかも?』

 

 

「……いかにも、だね」
「しかもこれ、皆口さんの字ですし」

 

 訝しげに文字を見つめる私たち。
 しかし今は、藁に縋ってでも何かきっかけを掴みたいというのが、正直なところだ。

 

「行けってことかな」
「そういうことだと思います」
「まぁ、今日のレッスンはひとまず終わりだし」
「行ってみましょうか、裏手の神社」

第四話 了

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