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第一話

 

 

「おはよう……あれ。まだ私だけ、なのかな」

 

 いつものように事務所にやってきたけれど、どうやら今日私を出迎えてくれる人は、誰もいないらしい。
 一番乗りというのも、まぁそう珍しいことではないのだけれど。
 この事務所は不思議だ。
 今みたいに誰もいなくても、どこかに活気の名残を感じるのだから。
 テレビの前には、他のアイドルが遊んだであろうテレビゲームが、あまり片付けられもしないままに放置されている。
 そのすぐ側には、魔法少女のステッキが。
 さらに少し遠くには、使い込まれたサッカーボールが置いてある。

 

「あぁ、暑い。クーラー、つけさせてもらおうかな。今日から7月だし、構わないよね」

 

 日盛に外をしばらく歩いてきたせいか、学校指定のワイシャツも、少しだけ肌に張り付いている。
 そんな身体に、事務所の業務用エアコンから送られる風は、とても心地良いものだった。

 

「涼しい……」

 

 7月と言えば夏本番を感じさせる時期ではあるものの、実際のところ、まだ気温はピークに達しているというわけじゃない。
 梅雨明けも、まだしばらく先。
 むしろ体感としては、高い湿度による蒸し暑さの方を強く感じる。
 道路脇の植木には、未だ紫陽花が瑞々しくその花を咲かせている一方で、数日前からセミの鳴き声をそこかしこで耳にするようにもなってきた。
 夏なのか、夏じゃないのか、なんだか曖昧な季節。
 どこか宙ぶらりんな今この瞬間は、そのまま私の心を映しているかのようで。

 

「おはようございます。あっ、凛ちゃんおはよう」
「おはよう藍子。今日のスケジュールって、聞いてる?」
「いえ、私は何も。ホワイトボードにも、特に何も書かれてないですよね」
「うん。普段は適当でも、何かしら書いてあるのにね。どうしたんだろう、プロデューサー」

 

 高森藍子と私は、ここ一年ほどアイドルとして、一緒にユニット活動をしている。
 藍子はとても穏やかな性格の女の子だ。
 持ち前のマイペースさで、時に乱れがちな周囲のテンポを、上手く調節してくれている。
 残るもう一人のメンバーは、今日はまだ事務所に来ていないみたい。

 

「それにしても、暑くなってきましたね。私たちニューカミングレースが結成したのも、ちょうど去年のこのくらいの時期でしたっけ。ここまでは、順調すぎるくらいでしたね」
「活動そのものは、ね。まぁ、それだけのレッスンをこの一年、積んできたつもりだしさ」
「あはは……。私も私なりに頑張ってるつもりだけど、凛ちゃんには敵わないなぁ。凛ちゃんものすごく飲み込みが早い上に、人一倍レッスンするんだもの」
「一応リーダーだしね。やれるだけのことはやらないと、示しつかないから」

 

 藍子にそう言ったのは、何も謙遜したからというだけじゃない。
 年上を差し置いてユニットのリーダーを務めている以上、それを二人に納得させるだけの姿を、常に見せていなければいけないと思っていた。
 もちろん、二人は私のことを認めてくれてはいるとは思う。
 でも、それに甘えるだけの自分でいるのは、絶対に嫌だったから。

 

「おはようっ! 凛も藍子も、もう来てたんだ」
「おはよう、忍」
「おはようございます、忍ちゃん」

 

 今事務所に入ってきた彼女が、ニューカミングレース最後のメンバー工藤忍。
 アイドルになるために、単身青森から東京までやってきた女の子だ。
 見た目は普通の女の子なのに、忍はその実猛烈な負けず嫌いだ。
 私もこの一年、色んな人にそう言われてきたものの、忍のそれも相当なものだと思う。

 

 アイドルになるためなら。
 アイドルとして、自分が輝くためなら。
 アイドルとして、人に感動を与えるためなら。

 

 忍は自分の目的のために、どこまでもストイックになれる子なんだ。

 

「どうしたの凛? 難しい顔して」
「ううん、何でもないよ。ところで忍、プロデューサー知らない?」
「今日はアタシも見てないよ。今日の予定は今のところ白紙みたいだから、そのままなら自主レッスンでもしようかなと思ってる」
「そうだね、なら私も――」
「おはよう!! オレの可愛いアイドルたち!!」

 

 やたら大きく快活な声と共に入ってきた男は、時代錯誤なアロハシャツと、着古したジーンズにサンダルという恰好。
 肩にかかろうかという長めの茶髪。
 耳には、シルバーのアクセサリー。
 いわゆる顔面偏差値というやつだけは、男性アイドルにだって負けないほどの数値を叩き出している。
 しかしその瞳は、まるで悪戯を思いついた少年のように、ギラギラとした光を放っている。
 何はともあれ、ここまで揃って見間違うはずもない。
 これが私たちニューカミングレースのプロデューサーだ。

 

「おはようございます、プロデューサーさん。今日もお元気そうですね♪」
「あぁ、オレはいつだって元気さ藍子! 忍、今日の調子はどうだ?」
「ボチボチ、かな。月も変わったし、気を引き締めていこうって感じ。ってことでプロデューサー、今月もヨロシク!」
「おう、ヨロシクな!」

 

 忍が高らかに掲げた手の平に、プロデューサーは自分の手の平を、パシンという軽やかな音と共にぶつける。
 いわゆる、ハイタッチというやつだ。
 プロデューサーのその姿は、はっきり言って気持ち悪いほど様になっている。

 

 彼の名前は、中村さんと言う。
 見た目といい調子の良い話し方といい、私からすれば本当に胡散臭い人で、いつもピシッとスーツを着ている他の部署のプロデューサーと比べたら、ちょっと年の行ったチンピラもいいところ。
 何も知らない人が見たら、『芸能事務所にアイドル目当ての変質者が入り込んだ』と思われてもおかしくないくらいの風貌だ。
 だけど、この人はアイドル業界でも名うての凄腕プロデューサーなのだ。
 私たち三人がこうして活躍できてきたのも、この346プロダクションにおいて、常務の影響を受けない治外法権的な部署『王国』を築けているのも、全ては彼の力と言っていい。

 

「んん? だがここに一匹、気分の悪そうなのがいるな? どうした、凛」
「はぁ……。別に。私がプロデューサーの顔見て気分良くなったことなんて、これまでに一度でもあったっけ?」
「そう言われればそうだなぁ! はっはっは!!」

 

 プロデューサーといると、いつもこうだ。
 別に、中村さんを信頼していないわけじゃない。
 この一年、私も色んな大人を見てきた。
 その中でこの人がいかに群を抜いた存在なのかということは、私なりに理解しているつもり。
 プロデュース方針、レッスンのメニュー、提供する楽曲、私たち個々の性格……。
 間違いなく彼は、そのすべてを理解し尽くした上で、ニューカミングレースというユニットをプロデュースしている。
 ただ、信頼することと信用することは、きっとちょっと別なんだ。
 中村さんは、信頼できる。けど、信用はできない。……生理的に。
 不器用で口数が少なくても、もっと紳士的で誠実なプロデューサーだったらよかったのに。

 

「それでプロデューサー。今日の予定は? ホワイトボード、何も書かれてなかったけど」
「おぉっとそうだな。実は、今日はお前らに話があるんだ」
「話、ですか?」
「なになに? もしかして、また新曲とか!?」
「わりぃな忍。今日はそういうのじゃねぇんだわ。とりあえず三人とも、そこのソファーに座ってくれや」

 

 

 

 

「凛、忍、藍子。お前らニューカミングレースは、明日から一旦活動休止だ」
「……えっ?」

 

 事務所テーブルを挟んだ先で、プロデューサーは確かにそう言ったらしい。
 この人はまた、何を言い出すのだろう。
 呆れた眼差しでプロデューサーを見つめるが、その瞳は至って本気のように見える。

 

「冗談、ってわけじゃなさそうだね。とりあえず、そうしようと思った理由を聞かせてよ」
「ちぇっ、シけたリアクションだなぁ。346でも超売れっ子のお前らを活動休止させるって言えば、もっと驚くと思ったのによぉ」

 

 つまらなさそうにするプロデューサーだったが、

 

「プロデューサーさんが突拍子もないことを言い出すのは、今に始まったことじゃないしね」

 

 と、私の右から忍が。

 

「私も、そう思います」
 

 左にいる藍子にも、あっさり言い返されてしまう。
 どうやら二人も、私と同じ考えみたいだ。
 確かにプロデューサーはメチャクチャだけど、考えなしに何かをやるような人じゃない。

 

「先に説明してやりたいところだが、まずは順を追って話そうか。忍、藍子。お前らから見て、最近の凛はどうだ?」
「凛? まぁ、普通……じゃないかな」

 

 なぜか躊躇いがちな言い方をする忍を見ながら、藍子はほんの少しだけ困ったような顔で、

 

「そうですね……。私たちもそろそろ活動一周年になりますけど、この頃の凛ちゃんは、ますますアイドルとして磨きがかかっているような気がします」

 

 と、彼女なりの意見を言ってくれる。
  私自身は、前とそんなに変わっているつもりはないのにな。

 

「なるほどな。オレも藍子と同じように考えている。真面目な話、最近の凛はオレから見てもかなりキてる。つまりこのままじゃ、ユニットのパワーバランスはどうしたって崩れちまうってことだ」
「そうかな、私はそんなこと――」
「凛!」

 

 プロデューサーの張り詰めた声が、事務所にぴしゃりと響き渡る。
 思わず竦む肩を誤魔化そうとする私に、

 

「オレは今、忍と藍子に話をしてんだ。悪いが、凛には何も聞いちゃいねぇ。だから少しの間、大人しくできるな?」

 

 と、念まで押してくる。
 普段ちゃらんぽらんなプロデューサーが、こういう雰囲気になるときは、必ずそこに何か意味がある。
 じっとプロデューサーを見つめてみる。
 口を真一文字に結んではいるものの、目元は穏やかで優しいままだった。
 この様子だと、どうやら怒っているというわけじゃなさそうだ。
 きっと私が無暗に口を挟んじゃいけない、でもちゃんと聞いていなければいけない話なのだろう。

 

「……うん、わかった」
「よし、いい子だ」

 

 口の端を僅かにつり上げてそう言うと、再びプロデューサーは忍と藍子に話を向ける。

 

「さて、どこまで話したっけ。あぁ、そうそう。このままじゃユニットのパワーバランスが崩れる、ってとこまでだったな」

 

 ふと横を見ると、忍の表情は大分険しいものへと変わっていた。

 

「……それってつまり、アタシの力が凛に及んでないってこと?」
「忍ちゃん……!」
 

 心配そうに忍を見つめる藍子を後目にプロデューサーは、

 

「まぁ、そういうこったな」

 

 と、短く告げる。
 そんなプロデューサーを、忍は悔しげに睨み付けている。

 

「おいおい、そう睨むなって。オレだってお前や藍子の"努力"は、よくわかってるつもりだぜ?」
「…………」
「その様子じゃ、凛にあって自分にないものが何か、おおよそ察しはついてるみたいだな。なら、何の問題もねぇ。それを埋めるために、オレがいるんだからな」
 

 緊張を解き、ニヤリと笑ったプロデューサーは、さらに話を続けていく。

 

「そこでだ。忍と藍子はこの夏、オレが直接徹底的に鍛え上げることにする。ニューカミングレース一周年ライブも、その後だ。今のままやったところで、それはニューカミングレースのライブじゃなく、凛の独壇場になっちまう可能性が高い」
「つまり私たちのやることは、凛ちゃんに追いつくための特訓、ですか。これまで以上に、大変そうですね……」
「アタシはやる。アイドルとして、もっともっと成長するためなら、どんなことだってやり抜いてみせるよ」

 

 藍子は少し困ったようにはにかんでみせ、忍は気持ちを切り替えたのか、真剣な面持ちで力強くそう言いきった。
 いずれにせよ、二人とも特訓に対して前向きな様子ではあるみたいだ。

 

「よし、忍と藍子はそれで決まりだな。さて、この話はここまでとして……」

 

 どうやら他の二人のやることは、トントン拍子に決まったらしい。
 一応この話の中心だったらしい私のやることは、まだ全く決まっていないんだけど。
 

「肝心の凛だけどな。お前にはこの夏、別のアイドルとユニットを組んで活動してもらおうと思ってんだ」
「別のアイドル? それってつまり、忍でも藍子以外の子と組んでアイドルをやるってこと?」
「あぁ、そうだが?」

 

 何一つ悪びれることなくそう言うプロデューサーに、
 

「そんな簡単には無理だよプロデューサー。私の性格、知ってるでしょ? きっと相手の子にだって、変に気遣わせちゃうしさ」

 

 と、半ば溜め息交じりで私は言葉を返す。
 ただ、プロデューサーもそれくらいで諦めるような人じゃない。

 

「あぁ、知ってるぜ。愛想が悪くてオーラバリバリで、口下手で。その上346のトップアイドル様と来たもんだ。凛のことをよく知らない相手なら、たった一睨みで震え上がらせることもできるくらいだろうな!」
「……そこまで言えとは一言も言ってない」

 

 ムッとした表情でそう言い返すものの、全く気にした素振りすら見せずに、プロデューサーは話を続けていく。

 

「ほれ。この中に、この夏凛の相棒になる子のプロフィールが入ってる。まずはお見合い写真くらい、見てみたっていいんじゃねぇか? 相手方にも、顔ってもんがあることだしな」

 

 プロデューサーはそう言って、一枚の茶封筒を私に手渡した。

 

「いいなぁ凛ちゃん。他の子とも一緒にユニット組んでお仕事できるなんて、うらやましいっ」
「今のアタシより、強いアイドルか……。凛、早く開けてみてよ」

 

 二人に背中を押されるかのように、私は渋々手渡された封筒を開けてみる。
 中に入っていた書類には、サイドテールの女の子の写真とプロフィールが載せてあった。
 それを見た瞬間、私より先に藍子が反応を見せる。

 

「あっ、この子知ってます。プレイアデスの五十嵐響子ちゃんですよね?」

 

 すぐさま忍も、

 

「部署は確か、星空プロジェクト所属だったよね。アタシ、何度か話したことあるよ。周りに気遣いのできる、すごく優しい女の子だったなぁ」

 

 といった風に、自分が持っている五十嵐さんへの印象を、私に聞かせてくれる。

 

「私は……一回も話したこと、ないかな。あんまり現場とかで、他のアイドルと話したりしないし」
「凛ちゃん、本番前は結構ピリピリしちゃってますもんね……」

 

 そう、なのかな?
 集中力を高めるために、じっとしていることはあるけど。
 私、その時そんな風に見られてたんだ。

 

「どうよ、凛。響子ちゃんとお前なら、何か面白いことができるだろうと思ってな」
「まぁ……悪くない、かな」

 

 とは言ったものの、単にまだ良いとも悪いとも言いようがなかっただけなんだけど。
 不意に忍が写真を覗き込みながら、プロデューサーにあることを尋ねる。

 

「ところでこの子、アイドルとしてそんなにすごいの? 今のアタシや藍子でさえ特訓しなくちゃいけないのに、五十嵐さんなら凛の隣が務まるってわけ?」
「おいおい忍。まださっきのこと根に持ってんのか?」
「そうじゃない、けど……」

 

 藍子も少し考え込んでから、

 

「そうですね……。確かに五十嵐さんは良い子ですけど、今の凛ちゃんと同じだけの力があるアイドルかと言われると……」

 

 と、忍同様複雑な表情をしてみせる。
 確かに話の流れから言って、忍の言うことはもっともだと私も思う。
 私は自分がアイドルとしてどのくらい秀でているか、よくわからない。
 けど、忍と藍子は私に追いつくために特訓をするという。
 それなのに、自分たちの代わりを務めることになるアイドルが、自分たちより明らかに格上というわけでもなさそうだとなると、その理由を聞きたくなるのは当たり前のことだろう。
 三人でプロデューサーの方を見ると、

 

「そこはユニットコンセプトってやつ次第で、何とでもなるさ。別に響子ちゃんは、ニューカミングレースの一員になるわけじゃない。お前ら三人とは全く違う方向で、凛とガッチリ噛み合えばそれでいいからな」

 

 と、珍しくプロデューサーという職業らしい説明をしてくれる。
 つまり私たち三人のユニットとは、また別の勝算があるということなのだろう。

 

「なるほどね。でも……」

 

 仮にユニットを組むとしたら、これからこの子と一ヶ月過ごすんだ。
 上手くやっていけるのかな。
 正直、あまり自信はない。
 一ヶ月という時間は、仲を深めるには短すぎるし、仕事と割り切ってほどほどの距離で接し続けるには長すぎる。

 

「なんだなんだ? 今日はやけに歯切れが悪いじゃねぇかよ」
「そりゃ、いきなり書類だけ見せられてもさ。やっぱり、この子のことよくわからないし」

 

 自分でも、煮え切らないなとは思う。
 ペアユニットは、お互いの息がいかに合うか次第だ。
 ニューカミングレースのように三人目がいない分、誰かに何かあったときに、他の二人でその子を支えるなんてこともできない。
 バランスが崩れかかっているとはいえ、今あるニューカミングレースの完成度も高いだけに、昨日今日会った相手とペアユニットを組みますなんて、そうそう簡単に言えたものじゃない。

 

「凛、とにかく一度だけでも会ってみたら?」
「そうですよね。実際に会って話してみれば、きっと違う印象も出てくるんじゃないでしょうか?」

 

 はぁ。
 つまり、乗り気じゃないのは当の私だけ、か。
 ホント、何で急にこんなことになったんだろう。
 そう思いながら、手に持った五十嵐さんの書類を、もう一度ぼんやりと眺めてみる。
 出身、鳥取なんだ。悪いけど、砂丘があることくらいしか知らないや。
 趣味欄には家事全般って書いてある。今時珍しいけど、家庭的な子なのかな?
 血液型はAB型か。B型との相性って、どうだったっけ。
 星座は獅子座。あ、私と一緒だ。
 誕生日は……。
 そこで私は、ハッとした表情になってプロデューサーの方を見る。

 

「この子の、誕生日……」
「お、やっと気づいたか。響子ちゃんはな、正真正銘凛と"同い年"のアイドルってわけだ」

 

 そうか、これで一ヶ月っていう期間限定の活動の意味もわかる。
 8月10日。つまり私とこの子の誕生日に、何かをやるつもりなんだ。

 

「だいたい察したみたいだな。ま、これでちょっとは興味が出てきたんじゃねぇの?」

 

 プロデューサーは悪戯が成功した男の子みたいな表情で、私をニヤニヤと見つめている。
 この人の思い通りになるのは悔しいけど、確かに興味は出てきてしまった。
 まだほんの、少しだけど。

 

「……わかったよ。でも、まずは一度会うだけだから」
「わぁ! 凛ちゃんと五十嵐さん、どんなユニットになるんでしょう!」
「ちょっと、私はまだやるとは一言も――」
「はいはい、まずは会うだけ。そうでしょ、凛?」

 

 やっぱり二人は、私より先にどこかその気になってしまっているみたいだ。
 向こうの気持ちだって、よくわかってないのに。
 まぁ、こうなったら仕方ないか。

 

「それでプロデューサー。五十嵐さんと会えるの、いつになりそうなの? どうせもう会う約束まで、取り付けちゃってるんでしょ」
「おぉ、物分かりが良くなってきたな! 響子ちゃんと会えるのは今日からちょうど一週間後、7月7日だ。時間と場所は――」

 

 

 

 

 その日の夜。
 私は自室のベランダから空を見上げつつ、一週間後に想いを馳せていた。
 一度会うと決めてしまえば、不安だけじゃなく、新しい出会いへのほのかな期待も、感情の中に織り交ざる。

 

「五十嵐響子、か……」

 

 ポケットの中からスマートフォンを取り出して、インターネットブラウザを開き、検索欄に「五十嵐」まで入力したところで、私の指は止まった。
 

「……やめよ」

 

 来週まで待てば会える相手のことを、こんな形で調べたってしょうがない。
 他の人に聞けば、ネットよりよほど詳しいことだって教えてくれるとは思う。
 でも私、わりと渋っちゃったしな……。
 今更どんな子なのかあれこれ聞くのも、少し気まずいし。
 やっぱり、自分の目で見て判断するのが、一番だよね。

 

 夜空に向かって、うんと背伸びをして手を伸ばしてみる。
 今日はあまり星が見えない。
 まぁここは東京だし、元々そんなにたくさんの星が見えることなんてないんだけど。

 

「七夕が待ち遠しいなんて、まるで織姫と彦星みたい」

 

 確か、織姫がベガで彦星がアルタイルっていう星なんだっけ。
 漠然と夜空を探してみても、理科の授業をぼんやり聞き流していた私には、どれがそれなのか全く見当もつかなかった。

 

「織姫様に会うにはまだ早い、ってことかな」
 

 一人そう呟いて、私はベランダから部屋に戻る。

 

 

 この夜空のどこかで光る織姫に、しばしの別れを告げて。
 この夜空のどこかで光る織姫と、約束された出会いを夢見て――。

 

第一話 了

 

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