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第二話

 

 

 私、五十嵐響子です。右上でまとめた長い髪がトレードマークだったりします。
 ちょっと妹と弟は多いかなって感じですが、それ以外はいたって普通の女の子です。
 お掃除とお料理が大好きで、自分で言うのもなんですが中々の腕前なんですよ?
 学校の成績や運動能力は、まぁ一般的かな。あ、でもちょっと絵は苦手かも……。
 そんな感じで、中学生までの私は本当にごくごく普通の女の子だったんです。
 そう中学生までは。
 でも色々ありまして――
 なんと今の私はアイドルをやっているんです。

 

 

 

 

「じ、十曲!?」
「そう、十曲」

 

 ま、待ってください。
 えーと……今から私は何をするんですっけ?
 そ、そうそう、346のトップアイドルである女の子と初顔合わせという大変なイベントの直前!
 びっくりして意識が飛びかけてしまいましたよ。
 にしたって――

 

「十曲…………」

 

 私、五十嵐響子はこの春にデビューしたばかりの新人アイドル。

 346プロダクションの中でも特別大所帯のユニット「プレイアデス」のメンバーとなって活動中です。とはいえデビューからまだ四ヶ月しか経っていないので色んな事が経験不足。歌やダンスだって未熟そのもの。まだまだこれからって感じ。

 そんな私が、何故かいきなりトップアイドルの一人とペアユニットを組む事になったんです。

 これを大変なイベントという言葉以外でどう表現すればいいのでしょう。
 今の私は、まさにそのトップアイドルの女の子と初めて顔を合わせるために車で移動中。緊張でいっぱいいっぱい。優しい言葉の一つでもかけてもらいたい状況です。
 にもかかわらず、プロデューサーである彼女は涼しげな顔で車のハンドルを切りながら死刑宣告をしてきたんです。

 

「大丈夫、大丈夫。響子なら出来るって」

 

 呆然としている私に対する彼女の態度は「冷蔵庫に残っている余りもので何か夜食作れない?」といった感じ。
 この温度差! 待ってくださいよ。いやいや、本当に。ま、待って……。

 

「だ、大丈夫って、そ、そんな、いやいやいや、無理ですよぉ! いきなり新曲を十曲だなんて!」

 

 私は顔をブンブンと横に振り、運転席に座る彼女に必死に訴えかけました。

 

 ことの起こりは、わずか数分前。

 授業が終わる頃、わざわざ学校まで迎えにきてくれた私のプロデューサー皆口さん。

 それほど背は高くはありませんがスラリとした体形のおかげかとても大きく感じられます。歳は三十代中盤ですが、綺麗な肌に肩口まである髪の毛は潤いで満ちていて、全然歳を感じさせません。
 バッチリ決まったスーツ姿も相変わらずにとっても素敵で、私の所属する星空組自慢のプロデューサーです。
 そんな彼女の愛するお洒落で小さな外車。この可愛らしい車の助手席に乗ることを私は気に入っていました。
 ただ今回はそういうわけにもいきません。ユニットメンバーの一人としてではなく一人のアイドルとして、私はトップアイドルと呼ばれる女の子と向き合わなければいけないのですから。
 それほど、私にとって渋谷凛さんと一緒に活動するってプレッシャーは、ちょっと尋常じゃなかったんです。

 

 それなのに、ここに来てさらに追い打ちをかける重圧!
 新曲を十曲!

 

「為せば成るっ」
「成りませんよ! 無理です! なんで今頃それ言うんですか! おかしいですよね!?」

 私の必死の懇願をあしらいながら、皆口さんはペットボトルの水をごくごくと飲み始めました。彼女の気楽な表情から察するに、私のお願いは彼女の耳には届いていないのでは?

 

「あ、ああ……し、渋谷さんとは今日が顔合わせで、えーと……八月十日までは……」
 

 額にじんわりと汗が滲んできます。これは本格的にまずいです。
 震える手で日数を数えます。正直、もうこんな事しても無駄なことはわかっているのですが。

 

「あと、三十三日しかない!」
「正解!」
「正解! じゃないですよぉ! たったの四週間ちょっとで十曲とか無理ですって、無理無理!」
「まぁ、落ち着きなさい」
「だから無理ですって!」

 

 私は顔を押さえて助手席でジタバタと足を振り回します。
 ああ、緊張で震えていたかった! そっちの方が全然楽だった!

 

「まぁ、相手は中村くんのところの渋谷さんだからね。なんとなるでしょう」

 

 本当、皆口さんのこういう所やめてほしい。
 なんでそんな気軽に難しい注文をするんでしょうか。

 

「相手があの渋谷凛さんだから困ってるんじゃないですか……」

 

 私にとって新曲十曲というハードルはとてつもなく高いもの。
 でも、トップアイドルと呼ばれる彼女なら、これぐらいなんとかしてしまいそうで。

 

「大丈夫だって。普段の事務所内でテキパキした感じからするに、響子はまだまだそのスペックを発揮してないからさ」
「……その私の隠された長所があれば渋谷さんにもついていけるって事ですか?」
「うん」
「うん、って……。お掃除とお料理のノウハウがアイドル活動に使えるわけがないじゃないですか!?」
「今回の仕事に限ってはそんな事ないと思うけどね。あの能力をアイドル活動に転用することは可能だと私は踏んでいるわよ」
「え、えぇ……」

 

 皆口さんが何を言ってるのかさっぱりわかりません。
 あまりの発想の飛躍に大きなため息が出てしまいます。
 だめだめ、ちょっと新鮮な空気でも吸っておきましょう。

 

「あ、せっかくエアコンで涼しくなってるのに」

 

 皆口さんが不満そうな声をあげますが、私はそれを無視して窓を開けると生ぬるい風を頬でうけました。


 ――ああ、夕陽が綺麗だなぁ。

 

 窓から流れる景色の中、ビル影にゆっくりと沈んでいく太陽。
 夏の黄昏時ってなんかいいですよね。哀愁があって。
 あはは、哀愁かぁ……。

 

「絶対、絶対、絶対に足を引っ張ります……。どうしよう……」

 

 皆口さんは、私が出来そうにない事は決して言いません。私の力量を正確に把握してくれているから。
 ただ、出来そうにない事は言いませんが、いくら大変でも出来ることには容赦はありません。私にとってはギリギリでなんとかやれている、という最上位をいつも突いてくるんですよ?
 普段は優しい人なのに、たまに本当に鬼かと思ったり。
 多分今回の件もそうなんだろうなぁ……。
 新曲を十曲。それを一か月後のライブまでに。
 出来るか出来ないかで言ったら出来ると皆口さんは考えたのでしょう。そこにどれほど大変なレッスンが待ち構えているのかはわかりませんが、出来ると彼女が自信を持っている以上、私はきっとやりきれるんだとは思います。
 それも見越して、彼女はこんなに気軽に話しているんです。わかってますよ。私自身よりも、皆口さんの方がアイドルとしての私、五十嵐響子を知っている事は。
 でも――
 でも本当に今回も上手く出来るんでしょうか?
 しかも、あの渋谷凛さんと一緒の活動。
 うう、不安しかない。私、いつだって次は上手くできるかなって心配してばかりなんですよ?
 皆口さん、そこのところわかってるのかなぁ……。

 

 いつの間にか緊張感はなくなっていました。
 その変わり、どこか物悲しく沈んでいく太陽のように、私の心もまた夜に沈んでいくようで。

 

「さすがに今回は無理ですって……」

 

 私の小さな泣き言は、カラっとした夏風の中に溶けて消えていきました。

 

 

 

 

「遠いですね……」
「確かに結構時間かかるわね」

 

 日が落ちた後もまだまだ空は明るく、いかにも夏といった狭間の時間が空を埋め尽くしていました。
 車は高速道路を降りた後も、憂鬱な私を乗せて走り続けています。

 

「学校出たのって何時ぐらいでしたっけ?」
「五時ぐらいだったかな」
「ですよね」
「うん」
「遠いですね……」
「まぁね」

 

 都心からここまで、すでに二時間が経っていました。
 始めは見慣れ始めていた都会に茂るビルの森、お次は高速道路の壁にかこまれた窮屈な空、そして拓けた田園。
 最後は懐かしい海の香りでした。

 

「千葉って言われてたので、そんなに遠くはないと思ってたんですが、随分時間かかるもんですね」
「まぁ、ここも大きな県だしね。これから向かう場所もずいぶん人の少ない町だし」
「……なんでそんな遠い町を待ち合わせ場所に」

 

 さぁ? と、とぼけた返事をする皆口さん。
 口角あがってるじゃないですか。絶対に理由知ってますよね?

 

 薄暗くなっても、まだまだ風景は見ることが出来ます。緑の多い景色に優しい民家の光、潮風の匂い。舗装の悪い道路が車を振動させるも、その感触は故郷を思い出してちょっぴり心地良く。
 ああ、なんだか落ち着くなぁ。私はやっぱりこういう田舎の方が性にあってるんだと思うんですよね。
 そういえば、上京してから一度も実家へ帰っていません。
 みんな元気かな? 妹や弟はすぐに部屋を汚くしてたけど、今はちゃんと掃除できてるんでしょうか。多分、お母さんが片付けてるんだろうなぁ。
 ぼーっとしていると、ガタンと車が揺れ私は現実の世界へと引き戻されます。

 

「っと、狭っ」

 

 皆口さんがガチャガチャとレバーを動かしながら慎重にハンドルをきっていました。このレバーなんて言う名前でしたっけ。名前はわからないですけど全部自分で操作するってものですよね。
 彼女のその忙しそうな姿に「オートマにしたらいいのに」って前に言ったんですよ。そうしたら「自分の手で操ってる感触がないとつまらない」って返されちゃったんです。
 その時は、こんな大変な思いをしてまでちょっとよくわかんないと思いました。でも後から考えると、お掃除を嫌がる人が多いのを私がよくわからないのと一緒だったんです。
 他人から見るそれとは違い、自分にとって楽しいことは面倒につながらないってことなんでしょうね。
 そう思うと、皆口さんのそのレバー捌きも、なんだか素敵に見えてしまうので不思議なもんです。
 そんな事を考えているうちに、車はますます細くなっていく道を右に左に。変な場所に標識が立っているせいですごく曲がりにくそうな曲がり角が連発します。田舎のあるあるです。

 

「あれ?」

 

 と、チラっと視界に入ってきたものは、建物や森の隙間から見える淡い光り。

 

「ああ、やっと見えてきた。思った以上に遠かったわね」
「あそこなんですか?」

 

 私が光の方を指差し尋ねると、皆口さんはそうだと頷きました。
 なんだろう、あれ?
 だんだんと近づいていくと、その光の中に白い建物が見えてきました。
 ライトアップされてるのかな?
 最後の角を曲がり、私の目の前に現れたそれは――

 

「学校?」

 

 三階建てのちょっと古い建物。
 それはまぎれもなくライトアップされた学校でした。
 皆口さんは、校門から中へと車を進めます。すると駐車場にはすでに数台の車が停まっていました。
 なんでしょうこれ、全然わからないんですけど……。

 

「到着!」

 

 停車後、皆口さんは勢いよくドアを開け外へと出ます。
 私も続くように外に出ると、周りを見渡します。どう考えても学校。それもこの雰囲気は小学校かな?

 

「学校……ですよね?」
「ええ、廃校ね」
「はぁ、廃校ですか……廃校?」
「そ、廃校」
「待ち合わせに? 廃校? え?」

 

 驚く私を意にも介さず、皆口さんはトランクをあけると大きなカバンを取り出し肩にかけました。

 

「さ、行きますかね」

 

 そう言うやいなや、トコトコと校舎の入り口へと歩き始めてしました。

 

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 

 私もその後を小走りについていきます。
 いい加減、ちゃんと説明して欲しいんですけど……。

 

「それにしても晴れたから良かったようなものを。雨が降ってたらどうするつもりだったのかしらねぇ」

 

 ポソリと呟く皆口さん。少し呆れた口調ですが、顔はニヤついています。ああ、このいたずらっ子のような顔。嫌な予感しかありません。さっきの新曲を十曲というお題より大変なことが待ち受けていそうな……。
 そんな悪魔に見え始めた彼女について昇降口へ辿り着き、そのまま校舎に入った私を待っていたものは。

 

「お、到着ですか。おつかれさまです」
「どうもどうも、おつかれさまです」

 

 下駄箱には、男女合わせて数名のスタッフの方々がいらっしゃいました。後ろには機材がドッサリ。
 皆口さんはその方々に気さくに挨拶をしながら、ハイヒールをスリッパへと履き替えています。

 

「あ、あの、おつかれさまです!」

 

 私はというと、何がなんだから分からないながらも、慌ててスタッフの皆さんに頭を下げます。
 多分、一緒にお仕事する方々ですよね?

 

「お、五十嵐さんもおつかれさま。遠かったでしょー」
「なんか五十嵐さん顔が疲れてない? 大丈夫、車に酔っちゃった?」
「うわぁ、生のアイドルだ……って何いってんだオレは!? ど、どうもよろしくッス!」

 

 会社でもよく見かけるスタッフさんや、はじめてお会いする人も。十人ぐらいの方々が私へと声をかけてくれました。
 こっちもよろしくお願いしますと元気よく頭を下げます。挨拶は大事ですもんね。

 

「何やってんの響子。ほら、行くわよ」
「あ、は、はい」

 

 皆口さんに習い靴を脱ぎそれを扉のない下駄箱へ入れたところで、ふと気づきました。

 

「あれ? 私のスリッパは?」
「ん」

 

 すると私の疑問に答えるように、皆口さんがあるものを差し出してきました。

 それは真っ白で飾り気のないゴム底の靴。

 

「これを履けと?」
「うん」
「……もうなんでもいいですよ」

 

 受け取った上履きに履き替え、軽くつま先で床を叩きます。あ、なんだか懐かしい履き心地。私もつい四ヶ月前までこれ履いてましたよ。今通ってる学校はスリッパなんですよね。

 

「よし、それじゃついてきて」
「はーい……」

 

 がんばって、と謎の応援をスタッフさんから頂き、私はそれに手を振りながら皆口さんの後をついていきます。

 

「ここから二階に上がれる」
「あ、上行くんですか」

 

 どこからか取り出した懐中電灯のスイッチ入れ、薄暗い階段を照らす皆口さん。

 

「よくまぁ、こんな事思いつくわ、ホント」

 

 階段を上り始めた彼女の独り言。
 そういえばさっきも、なんか晴れたからとかなんとか。
 今度は聞いてみよう。

 

「あの、それってどういう意味なんですか?」
「うん? 馬鹿と天才は紙一重っていう話よ」
「なんですか、それ」
「響子さぁ、今日色々あってよくわからなくなってるでしょ」
「え? ええ、まぁ」

 

 私は正直に答えます。
 トップアイドルである渋谷凛さんとユニットを組む為の初顔合わせ。それだけでもとんでもない事なのに、いきなり新曲を十曲も歌うこと聞かされて、さらにこんな都心から離れた田舎の廃校へと連れてこられたわけです。 
 これで、混乱しないほうがおかしいですって。

 

「うん、その感じだと色々と忘れてるっぽいわね。やっぱ作戦大成功って感じかぁ。すごいわね中村くん。ホント馬鹿」
「?」

 

 二階に上がると、そのままその階層をスルーして三階へと。
 そしてさらに三階から屋上へと上っていきます。

 

「さて」

 

 おそらく屋上へと出るためのドアの前でしょう。そこで皆口さんは止まります。
 ここで一体何があるんだろう?

 

「どうしたんですか?」

 

 立ち止まって何かを考え込んでいる皆口さんは、私に道を譲るようにドアの前から横に移動しました。

 

「やっぱ、ここは響子が先に行くべきね」
「そうなんですか?」
「うん、多分そうだと思う。中村くんとしてもそれをお望みでしょうしね」


 私はわかりましたとドアノブに手をかけたのですが――その時。

 

「響子」


 皆口さんが今まで聞いたこともないような優しい声で呼び止めたんです。

 

「なんです?」
「楽しみなさい。あなたにとってこんなに楽しい夏はないはずだから」
「……?」

 

 彼女が懐中電灯を消します。
 その瞬間、ドアの窓から洩れる光が私を優しく包み込みこんだのです。
 な、なんだろうこれ。すごく気持ちがいい。
 何か……何かがすごいことが起きそうな。
 私はその優しい光に誘われるように、ゆっくりとドアノブを回しました。

 

 そこには。
 満天の空が広がり。
 私の瞳に写ったものは。 
 まるで零れて落ちてきそうな。
 星、星、星。

 

「天の川だ……」

 

 雲一つない夜空には、白く輝く大きな星の川が流れていました。

 

「そっか、今日は七夕だったんだ」

 

 あ、色々忘れてるってこういう……。
 たしかに色んな事がいっぺんに重なりすぎて、こんなに晴れた七夕の夜だって事を忘れていました。
 いつの間にかライトアップは消されていて、星と月の明かりだけが優しく学校の屋上を照らしています。私はそんな光を作り出す星の川を見上げながら歩きはじめました。
 すごい。こんなにも綺麗な星空を見るのははじめて。
 フラフラと歩く私はいつの間にか駆け足になり。

 

「あはは、すごいすごい!」

 

 両腕を広げ星空を見上げながら、私は思わずステップを踏みます。
 まるで星のステージ。

 

 綺麗、本当に――

 

 私が心からそう思った時、さっきより少しだけ冷たくなった風が吹きました。
 そんな心地良い夜風に誘われるように振り向くと、そこには人影が一つ。

 満天の星空を背に、長く艶やかな黒髪を優しくなびかせ少女が。

 そう、静かに佇む彼女こそが。

 

「はじめまして」


 それが私と渋谷凛さんとの出会いでした。

 

 

 

 

「悪いね、うちの馬鹿プロデューサーの茶番に付き合ってもらって」
「え? あ、はいっ!」
「ぷっ、はい、って。ふふ」

 

 渋谷さんは口を押さえ少しだけ笑います。
 あ、違う。「はい」って言ったらまるで渋谷さんのプロデューサーさんを馬鹿にしてるみたいな。私何言ってんだろ。

 あれ? でもなんかウケましたね?

 

「私、渋谷凛。よろしく」

 

 彼女は真っすぐな眼差しで、私に自己紹介をしてくれました。

 どことなく影がありつつも真っすぐで情熱的な瞳。
 私はその力に圧倒されてしまい、

 

「はじめまして! わ、私、十五歳です!」

 

 なんだかよくわからない自己紹介をしてしまったわけです。


「ふふ、歳は知ってるよ。その為に私達、ここに呼ばれたわけだしね」
「あ、そ、そうでしたね」

 

 なんだろう。思ったよりも柔らかなイメージというか。
 346のブラックボックスと呼ばれる部署キングダム。そのエースユニット、ニューカミングレースの渋谷凛。
 僅か一年足らずトップアイドルへの階段を駆け上った少女。

 

 ――もっと怖い人かと思ってた。

 

 なんとなく不思議な気分で彼女の顔を見つめていると、少しばかり照れているようで顔が赤くなっていました。
 あれ? 意外に可愛い?

 

「あんまりジロジロ見ないでくれるかな?」
「あ、ごめんなさい」

 

 言葉は強かったけど刺々しさは全くありません。プイっと顔を逸らす仕草はとっても可愛くて。
 あ、そうだ自己紹介ちゃんとしなきゃ。

 

「えと、五十嵐響子です。その、初顔合わせということで、本日はお日柄もよく……」
「ぷっ、何それ。五十嵐さん意外に面白い人?」
「あ、別にそういうつもりで言ったわけではないんですけど」

 

 再び口を押え小さく笑う渋谷さん。
 あ、可愛い。この子、全然可愛いじゃないですか。
 って、違います、そうじゃなくって。

 

「ま、突然こんなところに連れてこられてビックリしてるんだとは思う。私も聞いてた以上の場所でかなり驚いてるしね」
「あ、そうなんですか」

 

 そうそう、この状況はなんなのか。それを聞かなきゃ。

 

「えと、これって一体?」
「私が彦星なんだって」

 

 はい?

 

「で、五十嵐さんは織姫」

 

 渋谷さんは、やれやれといった感じで夜空を見上げます。
 私もそれにつられて顔を上げると、再びそこには。

 

「ああ、天の川! なるほどです!」
「と、そういう演出なんだってさ。面倒くさい事するよね」
「演出なんですか?」
「そ、うちの馬鹿プロデューサーの演出。本当いつもこんな感じで。参っちゃうよ」

 

 渋谷さんはそう言いながらも、まんざらでもなさそうな顔で天の川を見上げています。
 かくいう私も、実は……意外に今の状況を楽しんでいたり。

 

「あ、あの。でも私、こういうの結構好き……かも」

 

 私がそう言うと、渋谷さんは背を向け「まぁ、悪くはないよね」と小さく答えてくれました。
 やさしい風が再び吹き、ゆるやかな時間が流れ。
 ああ、たしかに色々あって混乱したけど、この瞬間を味わうために、私このお仕事請けて良かったかも。
 しかし、そんな心地の良い静寂を打ち壊すかのような――

 

「いやぁ、やっぱオレって天才!? すごいだろ? な? さっきまでぶつくさ言ってた渋谷凛くん?」
「うわ!」

 

 アロハシャツでなんだかド派手な雰囲気のお兄さんの唐突な乱入。

 って、この人って!

 

「な、中村プロデューサー!」
「お、ピンポンピンポンピンポーン! いやぁ、オレも響子ちゃんに知っててもらえて嬉しいよ!」

 

 いや、この存在感を346に在籍していて気付かないわけが……。

 私は慌てて、はじめましてと頭を下げます。中村さんは「よろしくな!」と言いながら、私の横を通り抜け、渋谷さんに近づきニカっと笑いました。

 

「どう"悪くないかな?"とか言っちゃっただろ?」
「うざい……」

 

 心底迷惑そうな渋谷さん。ひょっとして仲悪い?

 

「大体いつもあんな感じなのよ、渋谷さんと中村くんはね」

 

 いつの間にか私の隣に立っていた皆口さんがそう答えてくれました。

 

「あ、スキンシップなんですね」


 私が両手をポフっと合わせながらそう言うと、「その通り!」と大喜びで中村プロデューサーは大笑い。
 反対に「違う!」と焦った顔で渋谷さんは心底嫌そうな顔。
 へ、変な関係ですね。

 

「よいしょ……」

 

 一方私のプロデューサーこと皆口さんは、そんな二人のやりとりを無視して肩にかけていた大きなバックを降ろします。
 この人、本当にマイペースというか動じないというか。

 

「あ、そういやその荷物ってなんなんです?」
「ああ、これは……」
「おっと、その前に五十嵐響子ちゃん!」

 

 皆口さんの言葉を遮るように中村さんが大きな声で私を指さしました。

 

「は、はい!」

 

 びっくりしてピンと背筋を伸ばしてしまいます。
 な、何? なんだろ?

 

「今日ここに来てもらった理由をまず聞いてくれよな? そのバックの中身の話はその後じゃないと出来ねぇってなもんだ!」
「はい!?」

 

 うわ、ぐいぐい来る!
 中村プロデューサー、ちょっと怖い!
 そんな怯える私を察してくれたのか、渋谷さんが助け舟を出してくれました。

 

「いや、そう言うの面倒だから……。さっさと教えてあげなよ。五十嵐さん困ってるじゃん」
「あ、そう? キャラ付け大事だから、最初はバシっと行こうと思って」
「本当にめんどくさいね、プロデューサー……」
「そんなにほめられると照れるじゃねえか」

 

 中村さんは会話の流れを変えるために、咳払いを一つすると腕を組みます。

 

「響子ちゃん、期末テストの手応えはどうだった?」
「え? あ、はい。それなりに頑張れた……とは思いますけど」

 

 ?
 アイドル活動をしながらとはいえ、学業もおろそかにするつもりありません。だからちゃんと試験勉強はしていますよ。それほど成績がいいわけじゃないんですが、故郷のお父さんやお母さんに心配はかけないってぐらいには、頑張ってるつもりです。
 ……でも、何で今この質問を? 

 

「だったら補習には出なくて済みそうだ。ということは楽しい楽しい夏休みも目前ってヤツだな」
「? ええ、そうですね。学校はもうじき夏休みですけど……」
「そうそう、学校はねー。どうせ君らはアイドルっていう仕事があるんだから、正確にいうと夏休みはないんだけど、って痛ぇ!」

 

 遠まわしな言い方するな、と渋谷さんは中村さんのふくらはぎを蹴りました。
 なんかやたら体重ののった良い蹴りを……。

 

「おい、凛、わりと本気で蹴るのやめろ?」
「どう見てもさっきより困ってるじゃない、五十嵐さん」

 

 もう一回蹴るよ? そんな渋谷さんの視線に、中村さんは再び咳払いを一つ。  

 

「ま、まぁいいや。んじゃ簡潔に行くか。響子ちゃんは明日から夏休みな」
「……はい?」
「ああ、違うな。今この瞬間から夏休み」
「え、どういうことです?」

 

 隣に立っていた皆口さんは私の肩にポンと手をかけます。

 

「響子、よく聞きなさい」
「ちょ、ちょっと、何、笑ってるんですか!?」

 

 だめだ、皆口さんのこの顔。
 なんかこの流れ、また大変なことに巻き込まれそうな!?

 

「今日からここで、八月十日ライブに向けた合宿よ」
「え、え、え?」

 

 あまりのことに口を金魚のようパクパクと開け、そのまま壊れかけたロボットのように渋谷さんの方に首を回します。

 

「……私も昨日聞いた。やっぱり今の五十嵐さんと同じような反応だったよ」

 

 申し訳なさそうにそう言う渋谷さん。
 これはいけないと、皆口さんを問い詰めます。

 

「ね、寝る所とか、ごはんとか、お風呂とかは!?」
「ああ、その辺は万全。ビジネスホテルぐらいには満足できるようにしてあるから」

 

 諦めなさい。完全にそういう表情。

 

「で、でも着替えも持ってきてないのに……」
「大丈夫、持ってきた」
「え!?」

 

 そう言うと彼女は大きなバックから私のTシャツを取り出し、「じゃーん!」と広げました。
 こ、こ、この人はもう!

 

「な、な、な、何勝手に持ってきてんですか!!!」
「いいじゃない、女同士なんだから」
「そういう問題じゃないですよ、プライバシーの侵害ですよ!?」
「あははは」
「あははは、じゃないです!!!」

 

 私と皆口さんのやり取りを見て、今度は渋谷さんが溜息をついています。

 

「ねぇ、346のプロデューサーってこんなのばっかなわけ?」
「ばっか、皆口パイセンはオレが認める数少ないパイセンだぞ。そこらのプロデューサーと一緒にしちゃいけねぇ」

 

 本当ですよ!
 こんなわけのわからない事するプロデューサーばかりだったら346にはアイドルが寄り付かなくなって、とっくの昔に破産してますよ、破産!

 

「って、ちょっと何下着まで物色してきてるんですか!」
「いや、むしろ一番大事なのは下着でしょ? それよりも清純なアイドルらしい下着が多いようで。感心感心」
「あああああああ!!!」

 

 皆口さんからバックを奪い取ると、ぜぇぜぇと荒い息を整えます。
 なんでこんなことに……。
 半ばヤケ気味になった私は、最後の質問をするべく中村プロデューサーをキッと睨みました。

 

「じゃ、もうこれはこれでいいです! でも最後に一つだけ教えてください!」
「お、なんだい?」
「どうして、こんな廃校なんかで合宿することにしたんですか!?」

 

 この際、夏休みが十日以上繰り上がった事はいいです。
 渋谷さんとユニットを組む事だってある程度覚悟は決まってきました。
 新曲を十曲……はさすがにまだ「出来る」とは言いづらいですが、なんとかすればいいんでしょ?
 でも、やっぱりこれだけは納得いかないです。
 どうして、こんな不便な場所を合宿所に選んだのか!

 

「おう、それな」


 中村さん指をパチンと鳴らすと、ゴソゴソとポケットの中を漁り始めます。
 

「これから一ヶ月間、凛と響子ちゃんは同級生っていう設定になったわけよ」

 

 え?

 

「でさ、そんな二人の学校での生活みたいなモンをPVにするから」

 

 ええっ?

 

「同級生が二人揃って同じ誕生日を迎える。ザ・青春!って感じするじゃん」

 な、なんですかそれ。

 

「そんなわけでこれから一ヶ月、君ら二人の共同生活な」

 

 ちょっと、そんな話をどんどんと……。

 

「ほれ。これカメラ。好きなように撮りな」

 

 中村さんはポケットから取り出したデジカメを、目を白黒させている私の手に握らせました。

 

「まぁ、他の撮影スタッフも昼間は君らを撮るけどさ。夜とか、プライベートな時とか無理じゃん?」

 

 私はもう濁流のように押し寄せる情報の波に、ただただ飲み込まれていくだけ。


「だから君らだけの時間は、君らだけで撮影するんだ。頼むぜ?」

 

 呆気にとられた私は、手の平に収まった赤いデジカメをしばらく見つめます。
 さすがにもう言葉も出なくなっていましたが、最後の希望にすがり、うつむいていた顔をあげました。
 しかしそこには、私と同じく困った顔で、青いデジカメを持った渋谷さん。


「私も不本意なのは同じなんだけどさ……ちょっと脱出は不可能そうだし」
「…………」

 

 ああ、最後の希望が……。

 

「まぁ、頑張ってみようか、五十嵐さん」
「…………はい」

 

 こう言われてしまっては、私としてもどうすることも出来ないじゃないですか。
 無力です。私は無力です。……ああ、もう!

 

「……わかりました。あ、あの、不束者ですが、どうかよろしくお願いしますっ!」
「うん、あらためて、よろしくね」


 私は渋谷さんに頭を下げました。
 最後の言葉は、もう本当に何を言っているのかって感じでしたけど。

 こうして私と渋谷さんの夏休みが始まりました。

 

 

 これは忘れられない夏の記憶。ほんのちょっと意地の悪い青春物語。

第二話 了

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